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 袴田はうなずいた。

「それから刑務官に対しては『自分は冤罪だから、他の囚人とは違う』という様な態度を取らないで下さい。何度も言いますが、彼らは冤罪はありえないことだと思っているのです」

「それはなぜですか」

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「戦前の特高警察が行ったような拷問が今の時代は禁止されています。だから暴力によって無理やりにさせられた虚偽の自白は無い。冤罪は存在しないと思っているのです」

 拷問は存在しないから、自白は正しい。その言葉に袴田は反応した。「取り調べに暴力は無いと事務官もそう思っているのですか?」顔が青ざめていた。

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清水署で、何があったのか

 坂本はとっさに清水署で何があったのかを聞かなければならないと思った。これほどまでに自らの潔白を訴えている人間が、なぜ自白をしたのか。今、聞かなければ、来年はもう部署が変わって袴田に会う事はできない。坂本は覚悟を決めた。予算要求書作成のための面接は清水署のブラックボックスの蓋を開ける取材に変わった。

 そこから、袴田は取り調べで何があったのかを語り出した。

 袴田は一日12時間から14時間に渡る長時間の取り調べにも音を上げず、否認を続けた。清水警察は拘留期限の約3分の1が経過した頃から、拷問を始めたという。取調室には子どもが用を足すおまるのような簡易便器が持ち込まれ、排せつは捜査官が見ている前でしろと命じられた。便意に耐えている下腹に向かって何度も何度も警棒が打ち据えられ、袴田は自分の糞尿にまみれるという屈辱を強いられたと語った。

「顔を殴られ、投げ飛ばされ、蹴られ、意識を失うと水をかけられ、また棍棒で何十回も殴られるという責め苦が連日続けられました。意識は朦朧として記憶が飛びます。私が自白したとされる9月9日までの23日間、清水警察署は悪魔の館でした」

 警察の留置場を監獄代わりに使用できるという旧監獄法時代からの代用監獄制度によって袴田は清水警察の収容施設に確保されていた。被疑者を24時間いつでも取調べ可能な状況に置くことができ、それによって毎日、拷問に遭わされていたというのだ。

 袴田は一審の静岡地裁の公判で証言台に立った際にも、「(小便を)やらせないことが多かったです。まともにやらしちゃくれなかったです」「取調室の隅でやれと言われてやりました」などと取調室での排尿を強要されたと証言。