『虎に翼』を憎む人がいる。『虎に翼』はとても不愉快なドラマだから。地獄という言葉をアクセサリーにするな、三淵さんやご遺族に謝って欲しい、史上最悪の朝ドラである、いつまでも「はて?」と言い続ける寅子(ともこ)の幼児性、未熟な脚本家のお気持ち表明番組……。

 男女平等やマイノリティへの視点、憲法などを正面から描いているから『虎に翼』は素晴らしい、ふだん何も考えない人には理解が難しい、見る人を選ぶ、などという「とらつば絶賛派」の意見は、怒りの炎にガソリンを注ぐようなものだ。「そんなことを言ってるんじゃない!」と。わかる。

寅子役の伊藤沙莉 ©文藝春秋

 私は『虎に翼』の良い視聴者ではない。けっこうしらけることが多かった。何にしらけたか。“立ちはだかる体制”に抗おうとするストーリーで、実在の事件を“都合よく使う”ことを見せられた時の、なんともいえない居心地の悪さだ。『エルピス』の時にも思った。あれもそういえば「攻めたドラマ」と言われていた。『エルピス』は1つの事件を軸にしていたからまだよかったが、『虎に翼』は後から後からいろいろな事件、それもちょっと調べたらわかる実在の重い事件が出てきて、それが寅子を「ヒロイックに動かす」「苦悩させる」「成長させる」ために使われる。もうちょっとそんなことを感じさせないためのうまい作劇はなかったのか。Xでお気持ち表明してる暇があったらそこんとこもうちょっとなんとかしてくれよ脚本家。と私も思った。

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 しかし。寅子が、恩師穂高の退任パーティーで花束を渡すことを拒否し、廊下で食ってかかる場面。あそこは私には衝撃的なぐらいぐっときてしまった。穂高先生という、穏やかで、当時にはありえないほどリベラルな考えを持ち、愛情を持って寅子に接する、ほとんどいちゃもんつけようもないそんな穂高先生が、妊娠した寅子に「おなかの子がいちばん大切だ」と言う。何も間違っていない。その正しさと優しさが寅子を押し潰した。逆らうこともできず、ぼう然と引っ込んでしまった気持ちもわかる。正しさが何よりも人を押し潰す。潰れたままフツフツと納得いかない心がガスを溜めていき、あそこで爆発したんであろう。

 逆ギレである。いい大人が何やってんだ。ここで寅子に愛想尽かした人も多いらしい。まったくスッキリもしないし。でもスッキリしないことも含めて、「人の気持ちってこういうものだ」と納得してしまった。こんなこと言ってると「とらつば憎悪派」の人たちに「お前も寅子(及び脚本家)の一味かよ!」と怒られそうだけど、私は寅子なんか好きじゃない。どうせ人の気持ちなんかわからないしわかってもらえない。『虎に翼』ってそういうことが言いたかったのでは。

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『虎に翼』
NHK総合 放送終了
https://www.nhk.jp/p/toranitsubasa/ts/LG372WKPVV/