かつて色々なところにあって、いまは時代の要請によって徐々に消滅しつつある、しかし局所的には残っている。一般的な人権意識や倫理が無視され、横暴な論理がまかり通る理不尽な世界。そういう場所で何とか自分らしさを見失わないよう、夢を奪われないよう、心や身体が潰されないよう、闘い続けた女の記録だった。
ジュリアは国内で「スターダム」などいくつかの団体に所属しながら数々の王座に輝き、2020年には女子プロレス大賞にも輝いた女子プロ界のスターで、現在は米国のプロレス団体で活躍中だ。彼女が日伊ミックスの不思議な生い立ちから思春期の波乱、プロレスとの出会いや業界内での数多の苦悩と成功までを綴った本書は、彼女自身の生々しく正直な言葉に満ちている。
さっさと学校教育から逸れた彼女は実家のレストランでの店長や留学を経て、キャバ嬢時代にプロレス好きのお客と同伴をしたことをきっかけにその特異な世界に心惹かれていく。そんな経緯はプロレスを知らないで読み始めても興味深く、はっきりと言いたいことを言う性格のせいか、やや荒い気性のせいか、既存の枠組みではスムーズに生きられない彼女の個性は魅力的だ。
プロレス界に入ってからの記述はさらに荒々しい。「プロレスとは、理不尽なのだ」と初めから叩き込まれる業界にあって、さらにそこは男子プロレスとは違う見方をされることも多く、「ダメだよ、(女子は)そんな真面目に練習なんかやっちゃ」とファンから平気で言われるような世界。幼い頃から理不尽には毅然として立ち向かっていたはずの彼女が、一般社会の理屈では到底理解できない世界で揉みくちゃにされ、肉体的にも経済的にも追い詰められていく。最近話題となったドラマ『極悪女王』と時代は違えど似たような風習も残る、現在の女子プロ界が垣間見える。
彼女が悪者扱いされた団体移籍の内実、世間でも大きな話題と衝撃を呼んだ若きスター木村花の恋愛バラエティ出演と突然の死、「昭和じゃないんだから」と批判にさらされたアイドルレスラーとの髪切りマッチ……。プロレスに明るいわけじゃない立場からすれば、なぜそんなことをしなくてはならないのか理解できないような経験を「私の人生にとってプラスだった」と言い切る彼女は、押し付けられた理不尽を乗り越えて、ソリチュードを確立した闘士に見える。
かつて社会の常識や論理が通じないという意味で少し似たところのあるエロ業界にいた者として、時代とともに理不尽に人が踏みつけられる世界が少しずつ消滅することに、おおまかには賛同せざるを得ない。それでも一般常識を離れた場所でこそ輝く孤独な闘いがあることを、とても正当な手段で見せつけられた気がした。
ジュリア/1994年生まれ、英国ロンドン出身。2017年10月、女子プロレスラーとしてデビュー。20年、女子プロレス大賞受賞。今年9月からは世界最大のプロレス団体「WWE」で活躍中。本書が初の書き下ろし。
すずきすずみ/1983年生まれ、東京都出身。AV女優、新聞記者を経て作家デビュー。著書に『ギフテッド』など。最新刊は『不倫論』。