『カクテル、ラブ、ゾンビ』(チョ・イェウン 著/カン・バンファ 訳)かんき出版

 ハン・ガンのノーベル文学賞受賞で、日本における韓国文学の受容もさらに深まった。邦訳される韓国文学には、社会問題やフェミニズムをテーマにした作品も多いが、それだけでない幅の広さをもつ。そんな一つが気鋭の作家による短編集『カクテル、ラブ、ゾンビ』だ。水死体あり、ゾンビあり、ストーカーあり。圧倒的に怖いホラー小説にして、愛の物語でもある。

「インビテーション」は、無理強いされた食事で、喉に骨が刺さったまま17年が経つ女性の話だ。恋人は助言を装って支配したがり、そのくせ自分は勝手きまま。倦怠と疲労の日々に、ある女が現れる。「わたし」が造った恋人の頭像を見るなり、そっくりと言い放つ、彼女は誰か。目的は何か。物語はここから怒濤の疾走感で進み、廃業したリバービューリゾートにて相対したのは服を真っ赤に染めたあの女だ。彼女は言う。「選択の時間よ」。

 腫れた喉の熱さ、血の臭い、命乞いの声……。視覚情報のみならず五感すべてに訴えてくる恐怖とそこからのカタルシスは、短編ならではの見事な切れ味だ。

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 表題作は、父親がゾンビと化した娘の奮闘記。猛烈な仕事人で酒を断らず、家庭では横柄な父が突如ゾンビになる。母は家計と世間体で頭が一杯。父の処置の決断が迫る。食卓の椅子に縛りつけるが、その不気味な姿のなかにも、娘はかつて覚えた愛情を想起する。ゾンビ化の要因が解き明かされるが、西欧のゾンビものとはまったく違う、韓国ならではの慣習を下敷きにした点に、意表をつく面白さがある。土着とゾンビの掛け合わせというべきアイデアひとつで、作家の個性が際立つのだ。

 血縁の逃れられなさと、ゾンビ化二次感染の恐怖が、「家族」を象徴する。母と娘はやがて来る父の弔いの局面でより強い結びつきをみせる。狂騒感と同時に静謐さも備えた1編だ。

 さらに「湿地の愛」では、水死体となって成仏できない女性ムルと、周囲の林から現れた少年スプの交流が描かれる。ムルとは水、スプは林を意味し、ムルには記憶もない。現世とあの世のはざまの無限の時間に閉じ込められる恐怖が、読者にひたひたと迫ってくる。湿地の幽霊として住人には嫌われるが、スプだけが、ムルを理解し、たがいに呼び合えるようにと別の名を与えてくれる確かな存在だ。そんな2人は大水の日にだけ近くに体を寄せ合うことが可能となる……。

 平穏は土地の開発業者によって毀損される。抵抗する2人。雨粒、水、土、草木が混沌をもたらす終末的世界に、手のぬくもりが一条の光となる読後感は、ホラー的恐怖を越えてさわやかでエモーショナルな感慨を呼ぶだろう。

 ホラーという枠組みには納まらない全4編の味わいは、著者の今後をいやがうえにも期待させる。韓国文学の奥の深さに、本作からはまるのもよさそうだ。

Cho Yeeun/作家。2016年に短篇「オーバーラップナイフ、ナイフ」で黄金の枝タイムリープ公募展で優秀賞を受賞し、作家デビュー。また、当該作が収録された本書は韓国で10万部突破のベストセラーとなる。著書に『ニューソウルパーク ゼリー売りの大虐殺』『テディベアは死なない』『トロピカル・ナイト』(いずれも未邦訳)など。
 

えなみあみこ/1975年、大阪府生まれ。ライター、書評家、京都芸術大学文芸表現学科准教授。共著に『韓国文学を旅する60章』。