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要介護認定を申請

 義父の担当ケアマネに、義母の様子がおかしいことを打ち明け、アドバイスを求めた。彼女は、それであれば地域の窓口があると教えてくれた。

 私たちが地域包括支援センター(介護スタートにあたり相談に応じる地域の総合窓口)に向かったのは、義父がリハビリ病院に転院した直後、2019年9月のことだ。要介護認定の申請を行い、義母を担当するケアマネHさんがすぐに決まった。翌週には、ケアマネと私が話合いの機会を持ち、義母の現状の確認を行った。その次の週には、介護認定調査員が義母と面談し、聞き取り調査が行われた。

 要介護認定とは、介護サービスがどの程度必要なのかを判断するためのものだ。市町村の窓口に申請が必要で、まずはコンピュータによる一次判定、介護認定審査会による二次判定が行われ、主治医の意見書などから総合的に判断され、決定される。要支援には1から2が、要介護には1から5までの段階がある。わが家の場合、2024年5月現在は義父が要支援1(基本的な生活はほぼ自分で行うことができる)、そして義母が要介護3(中等度の介護が必要な状態。着替え、身の回りのことは、1人ではできない。理解の著しい低下などがある)である。

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義母から目が離せない

 義父の入院中、義母を1人で実家に住まわせることは危険だとのケアマネの意見から、私と夫は義母をとりあえず1週間、わが家で預かることを決めた。

 身の回りの荷物とともに義母を車に乗せてわが家に向かう道中、義母は「どこに行くの?」「誰の家に行くの?」とひっきりなしに聞いてきた。まるで、わが家への道のりを一切記憶していないかのような言い方だった。夫は怒った口調で「俺の家だよ!」と答えていた。

 わが家に到着した義母は完全に混乱していた。

 きょろきょろと辺りを見回し、不安そうだった。もちろん義母は、わが家には何百回と来たことがある。むしろ、そう頻繁に来ないで欲しいと私が訴えるほど、遠慮なしにやってきていた。それなのに、とても居心地が悪そうにし、あれだけ溺愛していた孫たちにも素っ気ない。双子で似ていることもあって、どっちがどっちかの区別もついていない。お義母さん、ここで寝て下さいねとベッドを示しても、不安そうに座ったままで横になろうとしない。私はそんな義母を見て、大いに不安になった。

 義母は「失礼致しました……」と小さい声でつぶやきながら、帰り支度をし続けた。少しでも目を離すと、玄関から出て行こうとする。

写真はイメージ ©moonmoon/イメージマート

 この日から数日、私は義母から一切目を離すことが出来なくなった。私が仕事をしている隙を見て、義母がすっと玄関から出て行ってしまうのだ。薄着のまま家を出て、どこに向かうのかと観察していると、どんどん山道に向かって歩いて行って、大慌てで追いかけたこともあった。家の周りをぐるぐると、ただ歩いている日もあった。家の外構に背中をつけ、忍び足で歩く姿を目撃したときはショックだった。何を警戒しているのか。

 私は変わってしまった義母の姿を見て、恐怖を感じるようになった。もしかしたら彼女は、私の存在すら、わかっていないかもしれない。パソコンに向かっているとき、ふと感じる義母からの視線。ドアの隙間から私のことをじっと観察し続ける義母。私はキッチンに無造作に置いてあった包丁を隠した。山道に向かう義母の手を掴んだとき振り返った彼女の目が、他人を見るそれだったからだ。