「徘徊」による年間の行方不明者の数は1万9000人…。認知症になる高齢者が増えるなか、同問題の深刻化は避けられないように思われる。しかし一方で、中には徘徊をしなくなり、以前よりも家族円満に暮らせるようになった家庭も。ここでは重度認知症高齢者のためのデイケア施設「小山のおうち」に通っていた、ある94歳男性の事例を紹介。男性はなぜ徘徊をやめたのか?

 長年、認知症当事者を多く取材してきた著者のノンフィクション作家、奥野修司氏の最新刊『認知症は病気ではない』(文春新書)より一部抜粋してお届けする。なお、登場する認知症の人とその家族はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む)

写真はイメージ ©getty

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「徘徊」がなくなった

 認知機能が低下して、自分のいる場所や帰り道が分からなくなって戻れないケースは少なくない。外から戻ってくれば散歩であり、戻れなければ「徘徊」とされるのだが、2023年には1万9000人以上の人が徘徊で行方不明になっていて(参考文献:警察庁生活安全局人身安全・少年課「令和5年位おける行方不明者の状況」)、毎年500人前後の死者を出しているのだ。介護する家族も気が気でないだろう。

 出雲の「小山のおうち」には毎週のように徘徊していた人がいる。喜一さんという94歳の男性で、89歳のときに認知症と診断された。息子の秀正さんによると、4歳下の母親は、認知症になった夫を受け入れられず、「ああ、ボケて情けない!」と口を開けば責めるので夫婦喧嘩が絶えず、そのたびに父親は外に飛び出して徘徊するようになった。知らない人の車に乗せられて帰ってきたり、同じ町内の人からの連絡で迎えに行ったりしたこともある。

 ところが、今はぴたりと徘徊はなくなった。なぜだろう。

 秀正さんは両親と二世帯住宅で一緒に住んでいるが、父親の面倒を見るのはもっぱら90歳の母親である。家事から家の周りの掃除、近所付き合いに至るまで一切合切を仕切っていて、料理は今も自分で作っている。昔から料理は母親の生きがいだったから、「奪うことができない」のだと秀正さんは言った。

「親父に対して優しく接して自尊心を傷つけないことが大切だと、高橋先生や施設の方から学ばせていただきました。お袋は気に食わないと、親父に『あんたもボケたねぇ』と露骨に言います。昔から夫婦関係はお袋が強かったので、今でもその関係は如実に出ます。だから、お袋を認知症の勉強会に連れて行ったり、普段から『そんな言い方はだめだよ』と口を酸っぱくして諭したりしたのですが、そのときは納得しても、親父の前では態度が変わるんです。『認知症にならないようあれだけ努力したのに……』とか嘆くものだから、またバトルです。これが日常でした。親父も居場所がないからつらくて徘徊したんだと思います」

新刊『認知症は病気ではない』(文春新書)

 それでも秀正さんは、父親にやさしくするよう母親に言い続けた。

「時間がかかりましたが、少しずつお袋が『ありがとう』と言うようになったのです。すると親父も、お袋の料理に『美味しかったよ』と返すようになりましてね。朝、起こすときも、以前なら『起きなさい!』と怒鳴るように言ったのに、最近は『おじいさん、朝ですよ。起きてね』という言い方をします。すると親父も笑顔なんです。その頃から徘徊がなくなりました」

 徘徊がなくなったもう一つのきっかけは「居場所」ができたことだという。