「今年はぼけますから、よろしくお願いします」。当時87歳の母は、娘に突然宣言した。フリーの映像ディレクター・信友直子さんが監督を務め、広島県呉市の実家で暮らす認知症の母と耳の遠い父を撮り続けたドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は2018年に異例の大ヒットに。同名の信友さんの著書(新潮文庫)から一部を抜粋して紹介する。(全4回の3回目/#4に続く)

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』公式サイトより

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父の買い物について行ってみると…

 父が食料品の買い物に行くというので、カメラを回しながらついて行ってみることにしました。行き先は、坂道を上ったところにある、実家から500メートルくらい離れたスーパーです。実家は呉市の中心部にあるので、もっと近くにスーパーは何軒もあるのに、

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「あそこのレジの子が一番愛想がええけん、わしゃあそこが好きなんじゃ」

 と、頑固な父はわざわざ遠いスーパーまで歩いて行っているようなのです。

 店に着くと、勝手知ったる、といった感じで店の買い物カートを押して、かごにどんどん食料品を入れていきます。それが早い、早い。けっこう大きいスーパーなのですが、どこに何が置いてあるのか、父が完璧に把握していることに驚きました。牛乳、ヨーグルト、バナナ、リンゴ、大根……。え、お父さん、重たいものばっかりじゃけど、大丈夫なん?

 鮮魚売り場では、

「これはどこのサバですかいの?」

 と売り場のお兄さんに尋ねていて、

「これはノルウェー産ですね」

 とのお答えに、

「はあはあ、ノルウェーのサバはおいしいけんね」

 訳知り顔で買い物かごに入れていました。そのちょっと気どった様子が母にそっくりで、私は思わず笑ってしまいました。

 お父さん、ノルウェーのサバはおいしいん?私、知らんかったわ。

 買い物の帰りが大変でした。父は後先考えず、けっこうかさばる重たいものばかり買ってしまって、大きな袋ふたつ分の大荷物になってしまったのです。

「お父さん、今日は直子は撮影しよるけん、荷物持たれんけど、よう持って帰る?」

「おう、これぐらい平気よ。いつもこれぐらい買うて帰りよるんじゃけん」