「今年はぼけますから、よろしくお願いします」。当時87歳の母は、娘に突然宣言した。フリーの映像ディレクター・信友直子さんが監督を務め、広島県呉市の実家で暮らす認知症の母と耳の遠い父を撮り続けたドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は2018年に異例の大ヒットに。同名の信友さんの著書(新潮文庫)から一部を抜粋して紹介する。(全4回の1回目/#2に続く)

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「娘が撮った母の認知症」

 2016年3月、東京。両親のことを今まで撮ってきた映像を元に、フジテレビの情報番組「Mr.サンデー」で『娘が撮った母の認知症』という特集を作ることが、正式に決まりました。

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 まず、今までに撮った映像を見返してみると、二人暮らしの両親がどんな日常生活を送っているかがわかる映像が、圧倒的に足りないことがわかりました。考えてみれば当然のことです。私が帰省すれば私が家事をすることになるので、もうその時点で両親二人の普段の生活ではないですから。普段、二人だけのときはどうしているのか?家事はどっちがやっているのか?実はそれまで、私もよくわかっていませんでした。

 私は初めて、娘としてではなくディレクターの視点で、実家の様子を観察することにしました。とりあえず何日か、娘としてはできるだけ手を出さないようにして、カメラを回してみたのです。驚いたのは、父が母に代わって、さまざまな家事を始めていることでした。

――まあ、それはおいおい書いていくとして、まずは「私が洗濯しないことにしたら、両親に何が起きたか」の観察記録を……。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』公式サイトより

洗濯をすると言いつつしない母

 洗濯物は、母がさぼりがちなので、私が帰省するといつも洗濯機の中いっぱいに溜まっています。いつもは、母が寝ている間に私がこっそり洗濯していました。母が起きているときにしようとすると、すぐに気配を察知して、

「お母さんがするけん、放っとって」

 と止めにかかるからです。うちの洗濯機は昔懐かしい二槽式で、洗濯には母なりの細かい手順があり、私のやり方では水を使いすぎだと母のお気に召さないのです。