「今年はぼけますから、よろしくお願いします」。当時87歳の母は、娘に突然宣言した。フリーの映像ディレクター・信友直子さんが監督を務め、広島県呉市の実家で暮らす認知症の母と耳の遠い父を撮り続けたドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は2018年に異例の大ヒットに。同名の信友さんの著書(新潮文庫)から一部を抜粋して紹介する。(全4回の4回目/#3より続く)

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娘の私でも知らない顔

 ある日、ふと気がついたら、父が母の裁縫箱を取り出して縫い物をしていて、目を疑ったこともあります。母の布団の襟を付け替えてやっていたのです。几帳面だった母は、掛け布団の顔に当たる部分にタオルを縫いつけ、それを1週間ごとに取り換えていたのですが、

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「おっ母が最近やらんようになったけん、わしが代わりにやってやろう、思うての。汚れとったらおっ母も気持ちが悪かろう」

「えーお父さん、どうして裁縫ができるん? どこで習うたん?」

 私が驚いて聞くと、

「兵隊に行っとったときに、身の回りのことは一応できるようになったけんの。飯炊き、裁縫、洗濯、何でもやらされたんよ。もたもたしとったら上官に殴られるけん、必死で覚えたけんの。今でも体が覚えとるんじゃろう」

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』公式サイトより

 ああ、そうなんだ……。こんなところに戦争の名残が見えるなんて、思いもしませんでした。父には、私の知らない大変な青春時代があったんだ……なんせ、あの太平洋戦争を生き抜いてきた人だもんなあ。

 父には、娘の私でも知らない顔が、まだまだあるのかもしれません。

 父が、そのポテンシャルの高さを一番発揮して私を驚かせたのは、ゴミの分別です。朝のゴミ出しも、いつのまにか父の担当になっていました。母はきっちりした性格だったので、惚れ惚れするくらい完璧なゴミの捨て方をしていたのですが、父のゴミ出しも、母に負けないくらいきちんとしたものでした。

 燃えるゴミと燃えないゴミの分別はもちろん、ペットボトルは洗ってラベルを剝がして再利用に。牛乳パックは洗って切り開いて紙ゴミの日に。食品用のプラスチックのトレイは洗ってスーパーの回収箱に。新聞紙は廃品回収に。

 私は目を見張りました。はっきり言って、父は私より遥かにエコ意識が強いのです。

 でも、なんでお父さん、こんなに細かくゴミの出し方を知っとるん?