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 最初のうちは私も母の言葉を真に受けて、

「ほうね、ほんならお母さんがしんちゃいよ」

 と譲っていたのですが、母はするけん、するけん、と言うばかりで一向に取りかかりません。だからと言って、あまりやいのやいの言うと、

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「お母さんも忙しいんじゃけん、ちょっとぐらいは休ませてや」

 と不機嫌になるし。私は「何が忙しいんね?ずっと休みよるくせに」と言いたいところですが、そこはグッとこらえて待つしかなく、そうこうしているうちに私が東京に戻る日が近づき、もう待ってはいられないと問答無用で洗濯機を回すことになるので、母がますます、

「いらんことせんでええ言うたじゃろ!そんなに水を出しっ放しにしとったら、水がもったいない」

 と機嫌を損ねる。そういう消耗戦が何度かあったので、私も最近は知恵をつけて、母が寝ている早朝のうちにこっそり洗濯を済ませてしまうようになっていました。

 でも今回は、私は敢えて手を出さないことにしました。一体どうなるのか……。

 怖いもの見たさで、ちょっとワクワクするような気もします。

口癖のように「死んじゃろうか」と…

『ぼけますから、よろしくお願いします。』(新潮文庫)

 帰省すると、いつものように私のいなかった2週間分の洗濯物が、洗濯機の中に隠されていました。ふたを開けたらすごいにおい。

「あーあ、溜まっとるねえ」

 と指摘すると、母は、

「ずっと天気が悪かったけんね」

 サラッと口から出まかせの言い訳。いやいやずっと天気はよかったはずよ、お母さん。

 父が、

「ほうなんよ。わしゃあ洗濯機が腐りゃあせんか思うわ」

 と冗談を言うと、母はとたんにご機嫌斜め。

「お父さんはすぐ、ああなことを言うて。もう死んじゃろうか思うわ。私が横着しよるようなことばっかり……。まあ実際、横着しよるんじゃろうけどねえ」

 と、一人でボケツッコミです。

 この少し前から、母の口からは口癖のように「死んじゃろうか」という単語が出てくるようになっていました。何か気に入らないことがあったり、自分の落ち度を咎められていると感じたりすると、すぐに「死んじゃろうか」と言うのです。昔の、快活で思いやりのある母なら、絶対に出ないワードです。最初はその単語の響きにドキッとして、いちいち悲しくなっていましたが、人間、どんなことでもそのうち慣れてくるもので、私ももう日常会話の一環として受け止められるようになっていました。