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 娘としては、知るのは辛い事実だけれど、でも知れてよかった。私は、父へのせめてもの償いとして、買い物袋をそのまま入れて押して運べるシルバーカー(手押し車)を、プレゼントすることにしました。最初は、

「わしゃあ、そんな年寄りくさいもんはいらん。カッコ悪いわ」

 と拒否していた父でしたが(私が「いや、お父さんはじゅうぶん年寄りなんよ」と心の中でツッコんだのは言うまでもありません)、使ってみると気に入ったらしく、今は買い物だけでなく、どこへ行くにもシルバーカーと共に出かけています。

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90代にして一気に開花した父の家事能力

 他にも父は、驚くほどいろんなことを始めていました。

 あの日買って帰ったサバは、自分で焼いて、ちゃんと大根おろしを添えて母にふるまっていました。母は父が台所に入ってくることにまだ抵抗があるようで、うろうろと父の後ろを歩き回り、自分の存在をアピールしていましたが、目の前のサバを焼くことに集中している父はまるで気づきません。仕方なく母は、さも父を監督しているようなポーズで、

「おいしそうに焼けたね~」

 と、父の手際のよさを、ちょっと悔しそうにほめていました。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』公式サイトより

 朝はパン食なので、父は母と二人分のトーストを焼き、牛乳を温め、フルーツを欠かさず用意して、よく母の好きなリンゴをむいてやっていました。私は父が包丁を使う姿を初めて見ました。最初のうちは手つきも危なっかしく、怪我しやしないかと見ている方がハラハラ。仕上がりも、リンゴの皮がところどころに残る雑なものだったのですが、続けるうちに包丁さばきもどんどん上手くなってゆきました。

 へえ……人は90代になっても、こんなふうに進化するものなんだ。私は、父の内に秘められていた生活力の高さに、感動すら覚えました。そして父自身も、

「わしもやりゃあできるんじゃのう」

 90代にして一気に開花した家事能力に、自分自身で驚き、ちょっと嬉しくなって浮かれているような感じすらあります。そこがまたかわいらしいのです。