認知症による「徘徊」が原因で、長年連れ添った妻との関係が険悪化した男性。ところが、あることがきっかけで変わり、夫婦関係も以前のように円満に。いったい男性に何があったのか? 長年、認知症当事者を多く取材してきた著者のノンフィクション作家、奥野修司氏の最新刊『認知症は病気ではない』(文春新書)より一部抜粋してお届けする。なお、登場する認知症の人とその家族はすべて仮名である。(全2回の2回目/最初から読む)

写真はイメージ ©getty

 

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90歳・認知症の男性が「徘徊」をやめたもう1つの理由

 徘徊がなくなったもう一つのきっかけは「居場所」ができたことだという。

「『小山のおうち』に通うようになってから、将棋を始めました。家でやっているのを見たことはないので私も知らなかったのですが、小さい頃は夢中だったそうです。それを再発見したんですね。それまでお袋に責められて居場所がなかった親父ですが、今は施設が居場所になっています」

 秀正さんは両親についてこう語った。

「お袋は90歳になります。できないことをいっぱい抱えていて、自分でもやりきれないでいるんです。80歳を過ぎたころに、無理でも家事などを少しずつ家内にバトンタッチさせておくべきでした。そうすればもっと余裕をもって親父を見ることもできたんです」

「お父さんの周辺症状を改善するのに、何が一番大切だったと思いますか」とたずねると、秀正さんはこう言った。

「大切なことは、本人と家族、施設の職員、そして主治医の先生との関係性です。互いに信頼関係があってこそ前にすすむのだと思う」

 軽度ならともかく、症状が進んだ認知症の人の介護は、家族だけで完結させることは現実問題として不可能だ。もしも外に出て行方不明になったら、家族だけで探すのは無理だろう。できなければ他者、つまりは地域社会や専門家に頼ることになるが、それには相互の信頼関係が必要ということだ。高橋さんは「家族関係が変われば本人も変わる。本人が変われば、家族の負担は軽くなる」と言ったが、その好例が秀正さん一家かもしれない。

 それを聞いて思い出すのは、二章で紹介した多美さんのことだ。認知症と言われて「死にたい」とまでショックを受けた女性である。多美さんの娘さんは都会に出たが、定期的に帰ってきては世話するほど母親思いだった。

新刊『認知症は病気ではない』(文春新書)

 ところが娘さんは、母親が呆けてほしくない一心でつい「しっかりしてよ」と言ってしまう。すると多美さんは「あんた何しに帰った、去ね!」と怒鳴り、家を飛び出すのである。高橋さんは「もっとやさしく声をかけたほうがいいよ」とアドバイスしたが、娘は「これ以上、ボケてほしくないから」と耳を貸さなかった。結局、多美さんの徘徊はやまなかった。ただ、多美さんは娘に「去ね!」と声を荒げても、娘が帰ってきてくれたことが嬉しいものだから、娘を非難したことは一度もなかった。