2024年のノーベル平和賞を受賞したのは、被爆者唯一の全国組織である日本原水爆被害者団体協議会、通称「日本被団協」。地道な平和活動の足跡が世界中に認められたことに、喜びの声が相次ぐが、今だからこそ、より多くの人に知ってほしい1冊の本がある。核兵器が人々にどのような惨劇をもたらすか、それを克明に描き出した大宅賞受賞作『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』である。
広島の平和記念公園の中に、目立つことなくひっそりとたたずむ原爆供養塔。かつて、ここには「ヒロシマの大母さん」と呼ばれた佐伯敏子さんの姿があった。なぜ、彼女は塔の守り人となったのか? また、塔に眠る被爆者の遺骨は住所や名前が判明していながら、なぜ引き取り手がいないのか? 次から次へと謎にぶつかり追ううちに、著者・堀川惠子さんは重大な真事実に、ついにたどり着く──。
日本人必読の書ともいうべき本書の魅力を、エッセイストの平松洋子さんが紐解く。
★★★
路面電車を降りて、広島平和記念公園の中へ
その日は抜けるような青空の広がる五月晴れで、ひと足先の初夏を思わせた。「原爆ドーム前」で路面電車を降り、平和記念公園内の北側を目指す。連休のまっただなか、地元の家族連れや観光客の姿でにぎわっており、ライブ演奏があたりに響くなごやかな昼下がりである。しかし、いま自分が歩いている足の下にはかつて市内有数の繁華街が広がっていたのだと思うと、複雑な感情に捕まって混乱してくる。
原爆投下の照準とされた相生橋、連絡橋南詰近く。原爆の子の像が建ち、被爆した墓石が当時の地形のまま安置されている。そこからほど近く、緑の芝生に覆われた土盛りの小山が目に入ってくる。
木々に護られた、静寂の中の原爆供養塔
原爆供養塔である。鬱蒼と生い茂る木々に護られ、ふっくらと盛り上がる塚の頂に石塔が立つ。伏せたお椀に似た塚に向かい合うと、静寂がひたひたと押し寄せてきた。公園内の喧噪が、すうっと遠のく。この広島の墓を、佐伯敏子さんは身を削って生涯守り続けてきたのだ。そして一九九三年、著者が佐伯さんに出会ったのもこの場所なのだった。
死者を葬り去ってはならない。死者を忘れてはならない。死者を歳月のなかに埋もれさせてはならない。なぜなら、原爆供養塔におさめられているのは、無差別殺戮によってもたらされた無念の死であるから。本書が問いかけてくるのは、死者の想いとともに私たちが生きることの意味である。