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連載この鉄道がすごい

新幹線から乗り換える価値あり――しなの鉄道「ろくもん」の旅

「冥銭」を掲げて「名線」になった鉄道の話

2018/05/20

ひと目でわかる「水戸岡らしさ」

 決死の覚悟の六文銭に、1億円の費用を投じた。1億円で新車は作れない。JR東日本から譲り受けて走らせていた115系の1編成を改造した。インダストリアルデザイナーとして水戸岡鋭治氏を選び、思いを託した。水戸岡鋭治は2013年にJR九州の豪華列車「ななつ星in九州」を成功させたばかりだった。

 

 こうして、2014年に「ろくもん」が誕生した。数々の観光列車を手がけた水戸岡鋭治には、木材を要所に用いるなど、ひと目でわかる「水戸岡らしさ」がある。しかし、それは決してどの列車でも同じではない。地元の素材、地域を連想する意匠、列車が使われる場面を考慮し、改造前の車両の長所を活かす。長野県の「ろくもん」は、ここにしかない列車になっている。

 

 たとえば、各車両の中央の席。窓がとても大きく、桟がない。ここはもともと、乗降扉があった場所だ。扉を閉め切りにするだけではなく、壁を作り直し大窓にした。だから予約するときはこの席がオススメ。お一人様も気兼ねなく過ごせるカウンター席。二人だけの大切な時間を過ごすならコンパートメント、仕切りは障子のデザインで明るい。ネットで予約するときはシートマップで指定できる。

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 ちょっと気分を変えたいなら共用のソファ席でくつろげる。お子様が飽きてしまったら木のプールへ。誰もいないときにこっそり入ってみたら、身体中のツボを刺激されて気持ちよかった。子供用だけにするにはもったいない(でも、ほどほどにしましょう)。

 

ワイン用ブドウの生産量は長野県が1位

 ここに、地元のレストランが参加する食事メニューのコースが加わる。軽井沢発長野行きは洋食のコース。長野発軽井沢行きは懐石コース。どちらも食通をうならせる名店のシェフが監修する。そして夜は「信州プレミアムワインプラン」。しなの鉄道沿線は、千曲川に沿ってワインに好適なブドウが栽培されている。名付けて「千曲川ワインバレー」という。品種、土壌の異なるワインを数種類、飲み比べできる。

沿線のワイナリーで作られた「田沢メルロー」と飯山産みゆきポークのチリコンカン
シャインマスカットと梨のタルト黒胡椒風味。濃密なワインに合う

 日本のワインと言えば山梨の甲州ワインが有名だけど、じつはワイン用ブドウの生産量は長野県が1位。山梨が2位。長野県は信州ワインバレー構想を掲げ、千曲川、天竜川、日本アルプス、桔梗ヶ原の4つのワインバレーを推進している。そこに、長野県出資のしなの鉄道も参加しているというわけだ。

 

「ろくもん」のいいところは、食事無しでも乗車可能な「指定席プラン」があるところ。食事付きプランはそれぞれ14,800円(2018年度)。指定席プランは乗車券に加えて大人1,000円、小児500円。800円で特製お弁当も予約できる。雄大な浅間山、きらめく千曲川の四季を手軽に楽しめる。並行在来線に共通することだけど、新幹線よりずっと景色が近い。ゆっくりじっくり眺められる。

 東京から長野へ、新幹線で直行ではもったいない。「ろくもん」に乗ればもっと楽しい。2017年からネットで予約できるようになり、英語、中国語のメニューも用意して、世界の観光市場に参戦した。真田家の伝統、信州の味覚、水戸岡鋭治プロデュースのコラボレーションは大成功だ。しなの鉄道が六文銭を使う日は来ない。

 

写真=杉山秀樹/文藝春秋

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