梅雨前線が本州を北上し始めると、梅雨とは無縁な北海道で夏の観光シーズンが始まる。富良野ではラベンダーが開花して、観光列車「富良野・美瑛ノロッコ号」が走り出した。

大自然の中をのんびりと走る「富良野・美瑛ノロッコ号」

 ディーゼル機関車とトロッコ風の客車がつながり、富良野線の旭川~富良野間をトコトコと走る。開放的な窓から爽やかな風が吹き抜けて、微かにディーゼルの油煙が香る。それは排気ガスに違いないけれど、鉄道好きにとって臭いではなく香りだ。

 ああ、列車で旅をしているんだな、のんびりと過ごしているんだなと、充足感を満たしてくれる。この香りは、そんな演出のひとつに思える。

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まるで美術館のような旭川駅

 演出と言えば、旭川駅の立派なこと。2010年の高架化事業に合わせて建てられた4代目駅舎。その外観はガラス張りの未来感。しかし内部はタモ材をふんだんに使った温かみのある空間になっている。1階自由通路から2階コンコースには現代作家による彫刻も配置され、まるで美術館のようでもある。北海道第2の都市にふさわしい玄関だ。

多くの路線が連絡する交通の要衝でもあるJR旭川駅

 きっぷを手に改札口に向かい、なんとなく柱を見れば、並んだ飾り板のひとつひとつに名前と番号が焼き付けられている。これは旭川市と旭川商工会議所が実施した「旭川駅に名前を刻むプロジェクト」の成果物で、幅80cm、高さ7cm、1万枚も使われているそうだ。ひと口2,000円、旭川市民が7割以上。道内からも参加されていたとのこと。同じ性で名が違うプレートが並ぶ。木の素材に温かな家庭のぬくもりがこもっている。

こちらは「富良野・美瑛ノロッコ号」が停車する美瑛駅

 3階のプラットホームはがらりと雰囲気が変わって、鉄骨とガラスの未来的な世界。ここには札幌、稚内、網走、そして富良野方面からの列車たちが集まり、大地へ飛び出していく。この駅舎はメタルフレームに囲まれた列車の巣箱か。

 そして、お目当ての「富良野・美瑛ノロッコ号」が待っている。丘と青空が描かれたディーゼル機関車DE15形とレトロデザインのトロッコ車両だ。「ノロッコ号」は、トロッコがノロノロ走るという意味らしい。ゆっくり走ったほうが景色を楽しめるから、ノロノロ運転は褒め言葉である。

ほとんどの人が発車のときに「アレ?」という顔

 室内は窓に向いたベンチと、3人掛けの向かい合わせのベンチが並ぶ。どちらも木製だ。公園の東屋みたいだ。そこにお客さんがギッシリ詰まっている。外国からのお客様も多い。日本であって大陸のような気候と景色、南方アジアの人々に大人気だという。みな楽しそうだ。

窓に向いたベンチと、3人掛けの向かい合わせのベンチが並ぶ

 ちょっとおもしろかったのは、ほとんどの人が発車のときに「アレ?」という顔をする。私もそのひとりだった。機関車を先頭に進むと思っていたけれど、逆方向に走り出したから。実は、最後尾と思った客車にも運転台が付いていて、機関車をリモートコントロールしている。

 機関車が客車を押していく方式は珍しい。JR北海道では釧路湿原ノロッコ号が同じ方式、本州では大井川鐵道井川線、山陰本線の「奥出雲おろち号」などで採用されている。

 ゴトゴトと走り出した列車は右に大きくカーブして忠別川を渡る。高架区間から北の大地を見下ろして、もうここから気持ちいい。公園を見下ろして地上に降りると市街地。碁盤の目のように整った街並みも珍しい風景だ。そして一面に広がる畑。広がる大空。もし空の向こうに飛行機が見えたら、旭川空港を発着する旅客機かもしれない。富良野線は旭川空港の西側付近を通っている。富良野線の活性化のため、空港連絡線を分岐するという構想もある。