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―― それを聞いてくれたんですか?

黒沢 「おお、そうか」って、それはいい感じだったんですよ。「なんだこいつ」とみんな思っていたかもしれませんけど、僕は何の疑いもなく、「長谷川さん、長谷川さん、これ、こう撮ったほうがいいですよ」と言うと、「おお、そうか。ちょっと考えておくわ」とか言って、長谷川さんも対処してくれて。そう撮ってくれたり無視されたりはしたんですけど、懲りずに時々は「ここ、こっちから撮ったほうがいいと思います」とか言ったりしてました。

―― それは現場の人たちから見ると、すごい驚きでしょうね。

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黒沢 たぶん驚きだったと思うんですけど、「まあ、あいつは特殊だから」ということで、みんな苦笑いしつつ許されていたんでしょうね。それが許される環境だったんですよ。日活の流れをくむ、もともとは今村昌平組からつながっている人たちで作られたヒエラルキーなんですけど、長谷川さん自身が今村昌平の『神々の深き欲望』では、一番下っ端にもかかわらずメチャクチャ生意気なことを言って、驚かれつつ可愛がられたみたいな流れがあったので。これが東映だったりしたら大変だったと思うんですけどね。

©藍河兼一

―― 演出部に相米(慎二)さんがいたんですよね。

黒沢 チーフ助監督は相米さんでした。ただ、予定どおりには全然進まないんですよ。クランクアップがひと月ぐらい遅れたのかな。そうすると、一番上のプロデューサーはいるんですけど、制作担当の人とかは次の仕事が入っていて、現場からいなくなるんです。すると、僕は一番下っ端だったんですけど、だんだん責任が重くなってくる。撮影後半になってくると、長谷川さんだけでは撮り切れないというので、チーフ助監督の相米さんが別班B班で、後ろ姿が沢田研二そっくりという人を使って、双眼鏡で原発のほうを見ている姿とかを撮り始める。

―― あれ、吹き替えなんですね。

黒沢 そうなんです。沢田研二さんがいなくても撮れそうないくつかのカットは、B班の相米さんが撮ることになって。制作部も人がいないので、B班の制作主任が僕になったんですよ。

―― すごい大出世ですね(笑)。

黒沢 だから、後半は相米さんと僕と、本隊とは違うカメラマンの方と、沢田研二のそっくりさんと、どこかに泊まりに行って……僕がお金を持ってるんですよ。