兵庫県加古川市の「千成亭」は、千久谷武さんと母・千秋さんが営む人気の食堂だ。かつて市場として賑わい、いまは廃墟のような建物の中にある。これがYouTubeで話題になり、全国から客が集まるようになった。なぜ「廃墟」のなかで店を開いているか。インタビューライターの池田アユリさんが千久谷さん親子に取材した――。

筆者撮影 千成亭を営む千久谷武さん(左)、千秋さん親子 - 筆者撮影

一軒だけが「営業中」の看板を掲げている

兵庫県加古川市神野(かんの)。この辺りは団地や一軒家が並んでおり、加古川、姫路、神戸のベッドタウンだ。最寄り駅からのんびり10分ほど歩くと、心霊スポットと言われたら頷いてしまうような建物に辿り着く。1970年代に買い物客でにぎわいを見せた神野市場だ。

今では市場の面影はない。外観は鉄骨で覆われ、外壁がところどころ崩れている。この廃墟寸前の市場に、全国各地から人が食べにくるほど賑わっている食堂があると、誰が想像するだろう。

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市場の中央部であるL字型の通路に入ると、唯一「営業中」の文字を掲げている「千成亭(せんなりてい)」が見えた。

水曜の午前11時過ぎ、店の引き戸を開けると、厨房の男性から「いらっしゃいませー!」と大きな声。店内に入ると、6畳ほどのスペースにカウンターとテーブル席が2つある。営業開始から間もない時間にもかかわらず、すでにカウンターとテーブル席には若い男性客が座っていた。筆者の入店後すぐに別の客が入って来て、店は満席になった。

夫婦の店から、親子の店に

10種類ほどあるメニューのなかでも、一番の人気は加古川の名物「かつめし」の定食だ。サラダとパスタ、味噌汁、日替わり小鉢、漬物、デザートが付いて、値段は1200円。ご飯の量を選ぶことができ、値段は変わらない。大は450g、お茶碗3杯分となかなかのボリュームだ。

「今日は混んでいるほうですか」と女性スタッフに聞くと、「空いているほうです」と返って来た。週末になると店前に列ができ、20台ほど停められる市場の駐車場は千成亭に訪れる人たちで満車になるという。