今年のアメリカ大統領選挙で、根強い支持を誇った前大統領のドナルド・トランプ氏。生前の安倍晋三氏とトランプ氏は、トランプタワーでの初顔合わせから、ゴルフ場、首脳会談、サミットなどでの対話を重ねた。ここでは船橋洋一氏の『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』より一部を抜粋。二人のあいだで交わされた“生々しいやり取り”とはどのようなものだったのか。(全2回の1回目/後編に続く)
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安倍一人で会うことにした
2016年11月17日。トランプ・タワー前の金ぴか時計は、午前10時50分を指していた。ニューヨーク市マンハッタン・ミッドタウン5番街。安倍晋三首相一行がタワーに到着した。
タワーの隣はグッチ。5番街を挟んでシャネル、プラダといったブランド店が並んでいる。この金ぴか尽くしのトランプ・タワーは1983年に完工した。不動産王のドナルド・トランプが所有している。
トランプは大統領選出馬の時、トランプ・タワーの二階から金ぴかのエスカレーターで降りて来て、歓声を上げる支持者たちに手を振った。10日前に、米大統領選挙で勝利したばかりである。
ジャレド・クシュナー、イヴァンカ・クシュナー夫妻が1階フロアまで一行を出迎えた。イヴァンカはトランプの娘である。エレベーターの中で、安倍はイヴァンカに言った。
「お嬢様がピコ太郎を踊っていらっしゃる映像が日本では大変な人気です。私も見ましたけど、お嬢様、本当にかわいらしい」
「本当ですか。そんな風に言っていただいて、嬉しいです。5歳になります」
ピコ太郎とは、日本のお笑いタレント。その頃、「Pen/Pineapple/Apple/Pen」(PPAP)という彼が歌う歌の動画再生が1億回を超え、世界的流行になっていた。
安倍はスイート・ルームに通された。少し待って、トランプが上の階からマイケル・フリン元DIA(国防情報局)長官を同行して、降りてきた。フリンはトランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官に就任する予定である(この会談の翌11月18日、就任が発表された)。
日本人は会議にいつも大勢でやってくる、誰がトップかわかりにくいといったことを、昔トランプがどこかで書いていたというので、安倍一人で会うことにした。ところが、先方はイヴァンカもジャレドも同席している。安倍とトランプはソファに深々と座り、向き合った。安倍の右隣にフリンが座った。トランプは通訳を用意していなかった。そのため通訳官の高尾直が100分に及ぶ会談の通訳をすべて一人で行うことになった。