折に触れて本連載でも述べてきたが、今年は岡本喜八監督の生誕百年になる。そこで、今回から年末あたりまで、監督のフィルモグラフィを追う。
まず取り上げるのは、『結婚のすべて』。監督デビュー作だ。一九五八年に撮られたコメディなのだが、これが現代の目から見ても全く古びていない。――どころか、近年のモッサリした日本のコメディと比べると、はるかにソフィスティケートされている。
物語は、お見合い結婚を否定して恋愛結婚を望む康子(雪村いづみ)と、その姉で大学教員(上原謙)と家庭を築いている啓子(新珠三千代)を軸に、何組もの男女の顛末を交えながら進む。何より議論を好み、自己主張の強い康子。家庭的で古風な「良妻」である啓子。対極的な姉妹を始めとするコミカルなキャラクター造形や、男女の間で交わされる粋なセリフの数々は白坂依志夫の脚本によるところも大きいだろう。ただやはり、随所に見られる「これぞ岡本喜八監督の作品だ」という演出が、とにかく楽しい。
まずは冒頭。現代日本における性の乱れの様が、小林桂樹の愚痴っぽいナレーションとともに綴られる。これは後の代表作『江分利満氏の優雅な生活』を彷彿とさせる。
それに続くのは、康子がタクシーで急いで兄の結婚式場に向かう場面だ。この時、タクシーが猛スピードでバスを追い抜くのだが、これがカーチェイスばりのアクションシーンになっていた。
そこからの雪村の歌うジャズをBGMにキャストロールが流れる結婚式、そして式後に見合い結婚を批判する康子――という一連の流れがとにかくハイテンポ。快調に飛ばして一気に引き込まれる。岡本喜八の代名詞といえる、スタイリッシュで切れ味の良い、モダンな演出は、既に最初から完成されていたのである。
この勢いはラストまで途切れることなく、泥臭さや情緒やお涙を排した岡本らしさ満点の演出が冴えわたる。何組もの男女の出逢いと別れと結婚の模様が、めまぐるしく繰り広げられる展開とも相性抜群。ハリウッド製の上質なラブコメを観ているような気分にさせてもらえた。
キャスト陣が存分に伸び伸びと演じているのも、岡本作品らしい魅力だ。それは主要キャストだけではない。三船敏郎、仲代達矢、佐藤允といった、後に岡本作品の根幹を成す面々も短いシーンながらも出ているのだが、いずれもインパクトは絶大。監督デビューに華を添えていた。
一作目の段階で既に洗練された演出を示しているのも凄いが、そのセンスがここから四十年にわたり衰えなかったというのも、また凄い。