日本文化の中国の文芸作品への影響
三橋 先ほど森村誠一氏のお話が出ましたね。『幽霊ホテルからの手紙』でも『野性の証明』に繰り返し触れていらっしゃいます。また、蔡駿さんが『青春の証明』が一番お好きと伺って、我が意を得たりと思いました。じつは私も『青春の証明』に感銘を受けて、森村作品を読むようになりました。
伝え聞くところによれば、近年、日本のエンターテインメントの作家が貴国でも読まれているとのことですが、作家として、また読者として、蔡駿さんが今、注目している日本人作家がいたらぜひ教えてください。
蔡駿 日本の推理小説は中国でもたくさん読まれていますので、中国の読者に与える影響力も非常に大きいと言えます。私も特に意識して思い出さなくても、たくさんの日本人作家の名前を挙げることができます。東野圭吾先生や宮部みゆき先生、島田荘司先生、伊坂幸太郎先生、乙一先生、葉真中顕先生などの作品は中国での人気が高く、売れ行きも好調です。
現状、中国における日本の推理小説の読者の数は、中国の作家の読者の数を超えていると思います。ですので、中国の文学作品が日本語に翻訳されて日本で刊行されることは、日本の文学作品が中国語に翻訳されて中国で出版されるよりもずっと難しいと思います。
三橋 『忘却の河』の中で、岩井俊二監督の映画『Love Letter』が取り上げられているのが大変印象的でした。岩井監督は自身の小説を中国と日本の両方で映画化したりもしています(『チィファの手紙』と『ラストレター』)。
蔡駿さんはご自身の作中で映画や芸能関係など日本の文化にたびたび触れていらっしゃいますが、日本文化のどのようなジャンルに関心をお持ちですか?
蔡駿 近代以降、中国に対する日本文化の影響は、1900年代に日本に留学した魯迅先生から、いま現在の日本映画や日本のテレビドラマ、漫画やアニメといったサブカルチャーまで非常に長い歴史があります。僕自身も少年時代から青年期まで多くの日本のアニメを見て、その影響を受けて育ってきました。日本の文化は、中国人全体の集団記憶の一部分として位置づけられます。
そういった文化背景のもとで、私も文学に興味を持ちはじめた時から日本文学に関心を持つようになりました。『幽霊ホテルからの手紙』の中には、日本の昭和初期の詩人、立原道造先生の詩を引用させていただきました。彼の詩は森村先生の『野性の証明』で知りました。私は今でも日本文学の動きに関心を持ち続けています。ホラーやミステリー、サスペンスだけではなく、村上春樹先生の作品も愛読していますし、大江健三郎先生のほぼすべての作品も拝読しました。
また、日本の最前線で活躍されている映画監督さんたちの作品、例えば、是枝裕和先生、北野武先生、濱口竜介先生たち、それからもちろん宮﨑駿先生のアニメ映画もリアルタイムで注目しています。
三橋 蔡駿さんの著作リストを拝見しますと、長編の他に中・短編も多数お書きになっていますね。舩山むつみさんも参加されている中国同時代小説翻訳会という中国語翻訳の勉強会が刊行している「小説導熱体」という同人誌に五篇が翻訳紹介されています。
いずれも大変興味深い作品でした。中でも一番最近刊行された第7号(2024年10月刊)に掲載された「赤兎馬の追憶」は、『三国志』に登場する軍馬の一人称視点から、関羽や貂蝉らのことを語っていくという話で、全篇に緊張感が漲った素晴らしい作品でした。
蔡駿さんは、短編を長編とは少し違ったスタンスでお書きになっているように感じたのですが、いかがでしょうか?
蔡駿 私が作品を書き始めた頃はすべて中•短編でしたし、ここ数年もまた短編小説をたくさん書いています。最近出版された『曹家渡童話』という作品集を入れて全部で六冊の短編集を発表しています。これまでに執筆した中短編小説の数は、全部で八十数作になるかと思います。
私にとって短編小説と長編小説は両方とも重要ですが、方法論としては両者はまったく別もので、違うロジック、違う考え方で書いています。