読者を引き込む独特の技法
舩山 『曹家渡童話』の「曹家渡」は上海に実際にある地名で、蔡駿さんが子供の頃育った街です。童話と言っていますが、ご自身の少年時代に材をとった作品集です。
蔡駿さんは読者を作品世界に引っ張り込むのがとても上手い作家だと思います。例えば「小説導熱体」の第2号で私が翻訳した「猫王ジョーダン」という作品は若い男性が語り手で、むかし自分が暮らしていた上海のある場所に引っ越してきます。読者には最初はある一人の男性としかわからないのですが、そのうち夜中に電話が掛かってきて「蔡駿さんですか?」と呼びかけられて、初めて作者本人だったことがわかります。読者は、「あれ、これは本当の話なのかな?」と思わされるわけです。
もう一つ、読者を引き込む技術としては、蔡駿作品には共通して登場する人物が何人かいるんです。『幽霊ホテルからの手紙』には主人公の小説家の親友として葉蕭という若い警察官が出てくるのですが、この人物はいろいろな作品に登場します。『幽霊ホテルからの手紙』の続編『荒村公寓』にも出てくるのですが、そこでは作家・蔡駿の従兄弟ということになっています。また、『幽霊ホテルからの手紙』に出てくる画家の高凡という人物もいろいろな作品に登場します(「高凡」はオランダの画家ファン・ゴッホからインスピレーションを得た名前。中国語では「ファン・ゴッホ」は「凡高」)。
特に葉蕭はあちこちの作品に登場するので、読者も葉蕭が出てくると、いつもの世界に戻ったような気がして安心するんじゃないかと思うんです。
蔡駿 葉蕭に明確なモデルはいないのですが、日常の世界で出会った何人かの人物からそれぞれの特徴を寄せ集めて作ったような人物です。ですから、各作品に登場する葉蕭は一人の同じ人物のように見えても、じつはいろいろな人間の複合体なんです。
舩山 それではここで、蔡駿さんの映像化作品のティザーをご覧にいれたいと思います。まずは「二十一天(二十一日)」という作品です。こちらはいま、中国の配信サイト「爱奇艺(iQIYI)」で配信中です。ショッピングモールが事故で崩壊して十三人が地下に閉じ込められ、救助隊に救出されるまでの21日間に一体何が起こったのか? これは少し前に蔡駿さんがお書きになった『地獄変』という作品が原作で、黒澤映画の『羅生門』のように、事件にかかわった人たちの証言が全部食い違うんですね。芥川龍之介の「藪の中」「羅生門」「地獄変」という三作品のモチーフを取り込んだ作品です。