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予後不良からの生還

 だが状況は、依然として厳しかった。駆けつけた林さんに、診察した獣医師がまず伝えたのは「治る可能性は低いので、覚悟だけはしておいてください」だった。そもそも安楽死が選択されるほどの大怪我なのだから、その苦しみは尋常ではない。痛みに耐えきれず暴れたり、身体を横たえたまま起き上がれなくなったりする馬はめずらしくない。

 しかし、フロリダパンサーは治療を受け入れ、まるで苦痛を乗り越えた先にまた元気に歩ける日がくると理解しているかのように、黙々と自身の身体と向き合う日々を送った。最初の数日は、3本の肢で立ったり座ったりを繰り返していた。しばらくすると時おり、負傷した肢を地面につけるようになり、やがて4本の肢で立っていられる時間が少しずつ増えていった。そこから右前肢を庇うようにしながら、一歩、また一歩と歩くようになり、ゆっくりとだが確実に回復への階段を上っていったのだ。

 1年を経て歩くことはできるようになったものの、四肢のバランスはまだ完全ではなく、寒さが厳しい日は明らかに辛そうにしていることもあった。しかし、若くて小柄な牝馬が近くにいると興奮するなど生命力は旺盛で、林さんや野口さん、毎日のケアにあたっている馬事学院のスタッフや学院生たちのあいだで「これだけ元気なら、もう大丈夫だね」と笑い合えるまでになった。現在のフロリダパンサーは、痛みからすっかり解放されて、飛び跳ねて走りまわれるほど目覚ましい回復を遂げている。