競馬業界では毎年約7千頭のサラブレッドが生産され、一方で約6千頭が引退するが、その多くは行方不明になっている。
犬や猫の殺処分問題などについて執筆を続けてきたノンフィクション作家の片野ゆかさんは、引退競走馬のそんな実情を知って大きなショックを受け、引退競走馬支援についての取材を始めた。その内容をまとめたのが、2023年12月に上梓された『セカンドキャリア 引退競走馬をめぐる旅』(集英社)である。ここでは同書より一部を抜粋して紹介する。
2021年の配信開始から現在まで人気が続いているシュミレーションゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」とそのファンが引退競走馬の世界に及ぼした大きな影響とは――。(全3回の3回目/最初から読む)
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ゲーム『ウマ娘』から広がった支援
引退競走馬をテーマに取材を重ねる旅も、気づけば4年目に突入していた。これまで複数の人や馬と出会い、そのおかげでサラブレッドをセカンドキャリアにつなぐ仕組みや必要なものについて知ることができたわけだが、ふと思い出したのは、まだふれていない“あの話題”だった。
それは社会現象レベルの大ヒットゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』のことだ。これは、実在する競走馬から名前やバックグラウンドを引き継いだキャラクター“ウマ娘”のトレーナーとなってレース優勝をめざす、育成シミュレーションゲームで、株式会社 Cygames から2021年2月24日に配信が開始され、わずか3か月足らずの5月14日には700万ダウンロードを突破した。
配信当初、このゲームが引退競走馬の世界に影響を及ぼすことを予測した人はおそらく誰もいなかった。だが配信から3か月程、ひとつのニュースが注目を集めた。
引退競走馬のナイスネイチャ・33歳の誕生日を記念したバースデードネーションで約3600万円の支援金を集める──。
多くの支援者を集めた理由は、『ウマ娘』に登場するナイスネイチャだった。つまりゲームのなかで出会ったキャラクターをきっかけに、モデルになった馬が今も実在していること、さらに引退競走馬の現状を知った人々がアクションをおこしたのだ。
ベテラン広報部長として活躍していた、ナイスネイチャ
ドネーションを企画した認定NPO法人引退馬協会は、日本でもっとも歴史のある引退競走馬の支援団体だ。同協会では所有する馬を「フォスターホース」と称し、終生繋養を前提に会費や寄付、助成金収入を利用して多くの人で馬の余生を支え合う仕組みがある。ナイスネイチャはフォスターホースで最高齢の馬で、ベテラン広報部長として活躍していた。
ちなみにバースデードネーションというのは、誕生日を記念して友人や知人から募った寄付を支援先に贈る活動のことだ。同協会では2017年から毎年ナイスネイチャの誕生日にドネーションを実施していて、2020年は160万円の目標金額に対し約400人から170万円以上の支援金を集めていた。翌年の2021年は、『ウマ娘』の影響で約1万6000人から前年の20倍以上の支援金が集まったのだ。