ドネーションを企画した同協会の設立者であり代表理事の沼田恭子さんは、ゲームをきっかけにナイスネイチャへの支援が集まるなど想像もしていなかったという。
「ここ3年程、テレビや新聞、インターネットなどで引退したサラブレッドの現状やセカンドキャリアについての情報は徐々に増えてきましたが、これまで馬とはまったく無縁だった多くの人が引退競走馬に目を向けるきっかけをつくったということでは、『ウマ娘』以上に影響力のあるものはほかにありません」
ドネーションの支援者は「寄付そのものが初めて」という人がほとんどで、なにより沼田さんにとって嬉しかったのは、参加者のコメントだった。「元気で長生きしてください。来年も寄付したいです」「『ウマ娘』であなたを知ったにわかファンですが、今でも元気でいてくれたことがたまらなく嬉しいです」「また来年も再来年も、お祝いさせてください」など、どれもリアルなナイスネイチャへの温かな想いが伝わってくるものばかりだった。
「『ウマ娘』のファンの皆さんの想像力、そして感受性の豊かさに感動しました。ゲームが社会を変えた、といっても大袈裟ではないと思います」
沼田さんがそう言うのは、このムーブメントが一過性では終わらなかったからだ。バースデードネーションをきっかけに、引退馬協会の会員になったり寄付金を送る人が少なくなかった。さらに翌年に実施した「ナイスネイチャ 34歳のバースデードネーション」では、約1万7000人の支援者から約5400万円という前年を大幅に上回る支援金が集まった。
支援者にとっては、集まったお金の使い方が明確にイメージできることも重要だ。2022年は、怪我や痛みを抱えた引退競走馬たちが治療・療養・リハビリを経てセカンドキャリアをめざす「再就職支援プログラム」に、19頭の馬をつなぐことができた。『ウマ娘』ブームが起きた2021年は、繁殖馬として活躍した後に引退を余儀なくされた17頭の馬を同協会が実施する養老支援制度のフォスターホースとして迎え入れることができた。
繁殖馬は“安泰のセカンドキャリア”なのか?
これだけの数の馬の余生を支えるに至った『ウマ娘』パワーに感心するばかりだが、同時に私は疑問を抱いた。
「繁殖馬といえば“安泰のセカンドキャリア”というイメージがあるのですが、生涯飼育されるわけではないのですか?」
すると沼田さんは、残念そうな表情でうなずいた。
「繁殖の世界で貢献した馬たちを生涯飼育する仕組みは、実はまだ成立していません。3、4年して良い子が生まれなければ、ほかの馬と入れ替えになってしまいます。これはGIを勝った種牡馬も同じで、年間の種つけ回数が減ってくると生産牧場にはいられません」
引退するすべての馬が次のフィールドで活躍することは不可能とわかってはいるものの、華やかな舞台で名を上げた馬でさえ例外ではないという現実を耳にして、あらためてセカンドキャリア形成の難しさを感じた。
せめて長く競馬業界に貢献した馬の余生だけでも、業界内で支えることはできないのだろうか……? そう思うものの、容易く事情が変わらないのは世の常だ。