「のっけから異分子だった」
文壇における宇能鴻一郎は、のっけから異分子だった。昭和36(1961)年、「鯨神」で第46回芥川賞受賞。当時、東京大学大学院人文コース博士課程在学中、27歳。「物語性も豊富で、一種の香気もあり、才気ゆたか」と選評に書いた石川達三は、一抹の不満も述べ、「私のこのおせっかいめいた忠告が宇能君によって理解されないようならば、マス・コミの攻勢に会って、彼はたちまち売文業者に転落して行くだろう」。
予言的中。十数年後、まんまと「売文業者に転落」した宇能鴻一郎は、女性の独白スタイルによってエンターテインメント性、ファルス性に富む文体を編み出して夕刊紙や週刊誌上で膨大な量の官能小説を書き、流行作家として一世を風靡する。
ただし、真の核心はほかの作品群のなかにある。つまり、芥川賞受賞から官能小説家として名を馳せるまでの十数年間、もっとも影響されたという谷崎潤一郎に追随して書き継いだ濃密な小説の数々。例えば「甘美な牢獄」は、筒井康隆による恐怖小説の短篇アンソロジー『異形の白昼』(昭和44年)に収録されており、編輯後記にはこう記される。
「この世の地獄を描いて宇能氏の右に出るものはあるまい。ただ、グロテスクなだけではない。説得力がある。時には郷愁によって、時には異国情緒によって、時には荒々しい破壊衝動によって、読者は否応なしに宇能氏の描くこの世の地獄に誘いこまれてしまうのである」
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本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「宇能鴻一郎 絢爛たる洋館」)。全文では、宇能の根源に潜むものの考察や、平松氏が身に覚えた「宇能鴻一郎のメッセージ」についても語られています。
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