すでに述べたように、国際機関は厳罰政策の限界を認識している。1961年の「麻薬に関する単一条約」以降展開された、国際的に協調した厳罰政策の結果、皮肉にも違法薬物消費量、ならびに、薬物使用者の新規HIV感染者数や薬物過量摂取死亡者が増加した。また、当事者を医療や支援から疎外し、密売組織に巨利をもたらし、国家にも統制困難な事態を生み出した。
人が依存症になるのは快楽ゆえではなく……
ハームリダクションが登場したのはまさにそのような状況だった。ハームリダクションとは、人々の薬物使用を減らすのではなく、薬物使用による二次被害の低減を重視する公衆衛生政策だ。具体的には、注射器の無償交換サービスや注射室設置、麻薬代替薬物の投与、違法薬物自己使用・少量所持の非犯罪化(違法ではあるが、刑罰は与えない)などの取り組みがある。
ハームリダクションの有効性には、すでに多くのエビデンスがある。例えば、薬物使用者におけるHIV新規感染者や過量摂取死亡者を激減させ、断薬治療につながる者を増やし、さらに、国民全体の違法薬物経験率まで低下させた、という報告がある。
人が依存症になるのは薬物がもたらす快楽ゆえではなく、薬物が生きづらさと苦痛を緩和するからだ。それゆえ、回復過程とは、失敗と紆余曲折がデフォルトの、文字通りの「七転び八起き」だ。
「ダメ。ゼッタイ。」では人は依存症から回復できないし、その気運に満ちた社会では、安心してSOSも出せない。
2025年は、「ダメ。ゼッタイ。」はダメ、を社会に広めていく必要がある。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2025年の論点100』に掲載されています。