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 ハンターは、それまでに栗秋が登ったデナリやフォーレイカーと比べて標高はいちばん低いものの、登山の難易度は逆にいちばん高い。その証に、栗秋はデナリやフォーレイカーは数回の挑戦で登頂を成功させている一方、ハンターは7回も登頂に失敗しており、2014年のこのときで8度目の挑戦だった。

 この極悪な環境での登山を成功させるために栗秋が採った作戦が“巣ごもり”である。冬のアラスカの大自然に無理して挑戦したところで人間が太刀打ちできるものではない。栗秋は天気が悪いときには雪洞にこもって時を待つ。天気が回復したスキに歩みを進め、悪天候の周期がまわってきたら再び雪洞を掘ってこもる。この繰り返しで山頂に迫るのだ。

 当然、それには時間がかかる。栗秋の登山は短くても2カ月、長いときは3カ月近くにおよぶ。年明けに入山したまま音沙汰がなく、春先にひょっこり下山してくるというのが栗秋のいつものやり方だ。

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雪洞内で“快適”に過ごす栗秋の耐久力はアラスカの地元住民にも畏敬の念を持たれている(栗秋正寿撮影)

 クマの冬眠を思わせるその登山スタイルは、地元アラスカでも類を見ず、驚異と畏敬の念を持って受け入れられている。極寒環境での耐久力から「ジャパニーズ・カリブー(トナカイ)」との異名もとっている。

アラスカの雪洞を「世界でいちばん平和に眠れる場所」という栗秋

 8度目の挑戦となる2014年のこのときも、1月27日に入山して以来すでに44日が経過したが、行動できたのは22日間のみ。残りの22日間は雪洞から出られない日々が続いている。

 だが栗秋はそんな状況を楽しんでもいた。もともとすんなり登れる山とは思っていない。この厳しい環境下でも、待てば登山が可能になるタイミングは巡ってくる。今までもそうやってきた。たったひとりで待つことは自分にとっては苦ではない。

雪面の中央に見える穴が雪洞の入口。ここから穴を掘り、数日間を過ごす空間を自力で確保する必要がある(栗秋正寿撮影)

 いや、むしろ楽しい。たとえ外が零下40℃でも、雪洞の中は雪という断熱材に覆われているようなもの。住み慣れた空間は快適で、静かで誰にも邪魔されないため、日本にいるときよりぐっすり眠れている。

 ときには12時間寝てしまうこともある。いまやアラスカの雪洞は「世界でいちばん平和に眠れる場所」だ。外は戦場だというのに、この対比は極端なものだなと自分でも思う。