福岡から6000km離れたハンターの山中で、栗秋は目を覚ました。

 温かかったパスタは凍っており、沸かしていたはずのお湯はなぜか鍋に一滴も残っていなかった。その鍋をかけていたコンロの火は消えている。左手がコンロにふれて火傷をしたのか、指先に小さな水疱ができていた。

雪洞内では1人、意識を失えば見つけてくれる人はいない(栗秋正寿撮影)

 頭がボーッとしており、状況がつかめない。自分は寝落ちしてしまったのだろうか。いや、今日は雪洞にこもっていただけで、疲れてはいない。特に眠気を感じていたわけでもない。ある時間だけが自分からすっぽり抜け落ちてしまったようで、こんなことは初めて経験する感覚である。失った時間は1時間半ほどのようだった。

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 酸欠か――。

 次第にはっきりしてくる頭で栗秋はそう考えた。閉鎖空間である雪洞は酸欠になりやすい。コンロなどで火をたくとなおのことである。だから換気にはいつもかなり気を使っている。入口は閉め切らずに隙間を空けておき、天井には煙突のような穴を空けて空気が循環するようにもしている。

雪洞での生活に長けている自分が何度も酸欠に陥るのは腑に落ちない

 あらためて雪洞の通気口をチェックした。いつもどおりだったが、もっと広く開けたほうがいいのかもしれない。だが何かがおかしい気もする。考えてみれば、登山序盤にも酸欠になりかかったことがあった。

 そしてつい前日にも同じようなことを経験している。そのときは気を失いはしなかったものの、酔ったような状態になった。雪洞での生活には長けているはずの自分が何度も酸欠に陥るのは腑に落ちなかった。

栗秋が書き留めていた当日の日誌

 やや不安を抱えたまま眠りにつく。酸欠による体調不良がもっとも進みやすいのは睡眠中だ。大丈夫なのだろうか。