講談師の神田伯山の対談集『訊く!』が滅法面白い。

 テレビ朝日アナウンサーの弘中綾香、脚本家の宮藤官九郎、俳優の中井貴一、寺島しのぶといった仕事の充実期を迎えた相手がずらりと並ぶが、伯山が対談した11人のなかで、ひとりだけ故人がいる。

 アントニオ猪木だ。

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「猪木さん、とても格好良かったです。私と対談した時は、対談場所である部屋の前まで車椅子でいらっしゃったんですが、私が視界に入る手前まで来るとパッと立ち上がり、そこから歩いて来られた。そして深く一礼。体調がどうであろうと『アントニオ猪木』としてファンを裏切らない。そのサービス精神に胸打たれました」

神田伯山 ©佐藤亘/文藝春秋

対談中にアントニオ猪木が激怒!?

 対談が行われたのは、コロナ禍が始まる前の2019年。猪木が亡くなったのは2022年10月だ。すでに体調を崩していた猪木だったが、伯山との対談は晩年の貴重な資料ともなっている。伯山は猪木のサービス精神に感嘆したという。

「きっと、体調も良くなかったはずです。それでも、猪木寛至という『素』に戻られる瞬間が一時たりともなかったです。ファンを裏切ってはいけないという強い思い。これには感動しました。対談の途中には、こんなこともありました。最近、新宿末広亭の高座にも上がっていただいているプロレス実況の清野茂樹さんに、せっかくの機会だということで質問をしてもらったんです。そうしたら猪木さんが……」

 本文から、その箇所を引用してみる。

 清野 プロレスの実況アナもさせてもらっています、清野と申します。猪木さんはよく「怒りを見せろ」ということをおっしゃっています。若い選手にも、「もっと怒れ」と。そんな猪木さんが最近、何か怒ったことはありますか。

 猪木 なんだテメェ!(ドンとテーブルを叩きながら)くだらない質問しやがって!

 この時、この瞬間を、伯山はありありと思い出せるという。

「マジで清野さんはビビッてました(笑)。僕もびっくりしました。ピーンと空気が張りつめた感じ。そうしたら猪木さんが一拍置いて、『ずいぶんと迫力がなくなってしまいましたが……』とつぶやいたんです」