一方で、過去に経験した出来事の記憶の数について調べたのは、心理学者グスタフ・スピラーだ。彼は、自分が思い出した出来事をその都度書き出していった。この気の遠くなるような作業を続けること35年、人間にはおよそ1万の記憶があると結論づけた。1902年のことである。
彼は、出来事のさらに細かな要素を数えていたが、最近の研究では、まとまりのある一つの出来事を1単位として数える。それでもなお、思い出せる出来事の数は生涯で数千にも及ぶとされている。
脳には些細な記憶も残っている
1933年、今度はペンフィールドが驚くべき発見をした。癲癇(てんかん)患者の側頭葉を電気刺激していたときのことだった。患者が突如、過去に見聞きしたことを再体験するのを目の当たりにしたのだ。ペンフィールドは当時の驚きをこう回顧する。
意識のある患者の口から、こうしたフラッシュバック現象を初めて告げられたとき、私は自分の耳が信じられなかった。その後も、同じような例にぶつかるごとに、私は驚異の念に打たれた。
〔中略〕ある若い男の患者は、自分は小さな町で野球の試合を見物しながら、小さな男の子が塀の下から観客席へ這い込もうとしているのを見守っている、と告げた。
別の患者は、公会堂で音楽に耳を傾けていた。「管弦楽です」と彼女は説明し、いろいろな楽器を聞き分けることができた。このように、ささいな出来事が細部に至るまで完全に思い出されるのだ。(『脳と心の正体』60頁)
実は、すでに私たちが忘れてしまった(と思い込んでいる)ささいなものでさえ、脳にはちゃんと存在しているのである。
さて、先のヘブのもとで学んでいたのは、博士課程の学生ブレンダ・ミルナーだ。彼女の研究は、のちの記憶研究に大きな影響を与えることとなる。
海馬を切除した患者に起きたこと
1950年、ヘブの計らいにより、ミルナーはペンフィールドが所長を務めたモントリオール神経学研究所で研究する機会に恵まれる。当時、この研究所では、癲癇を治療すべく多くの脳手術が行われていた。