科学とは、メモを取り、実験を行い、仮説を変更し、実験計画の欠陥やデータのノイズを発見するのに長い時間が必要なのです。また多くの情報を集めなければならないし、多くの統計が必要で、少なくとも統計学の助けが必要だとわかるくらいには統計学を理解していなければならないのです。(「科学界の偉人、ブレンダ・ミルナー博士」より)
続けて、モレゾンの記憶障害を見ていこう。彼は6〜7桁の数字であれば復唱できた。しかし、長期記憶、つまり出来事などが記憶に残らないという、重度の前向性健忘がみられた。また、過去11年間で経験した出来事も思い出せないという、逆行性健忘もみられた。
のちに、磁気共鳴画像法(MRI)が使えるようになったことから、彼の切除部位を細かく調べたところ、海馬だけでなくその周辺部分も損傷していたことがわかった。
この症例報告をきっかけに、世界中で同様の損傷を負った患者の所見が注目され、海馬周辺、つまり側頭葉の内側の機能について、多くの知見が集約されていくこととなった。
「海馬=すべての記憶を残している」ではない
まとめよう。
①海馬が損傷されると、新たに体験したことを長期記憶に保持することができない。
②過去11年くらいの出来事を思い出すことはできないが、それ以前の出来事は思い出せる。
ということは、比較的新しい記憶は忘れているが、昔の記憶は覚えているということだ。
海馬は切除されている。つまり、昔の記憶は海馬に存在するわけではない。
私たちが記憶と聞いてまずイメージするのは、過去あった出来事や思い出だろう。小学生だった頃、放課後に日が暮れるまで遊んだこと、夏休みの宿題や給食メニューなど。これは、エピソード記憶といわれる。エピソード記憶では、その時の情景(視覚)とともに、聴覚、触覚、嗅覚なども一緒に思い出されることが多い。もしかすると、当時の身体感覚も含まれるかもしれない。
ペンフィールドの実験で想起された記憶は、まさにこうした多感覚からなるものだった。エピソード記憶は数千といわれるように、総情報量は膨大である。これらすべてが海馬に貯蔵されるとは、通常は考えにくい。