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昨年の株主総会の前日にも

「武士道と云うは死ぬ事と見つけたり」

 江戸時代中期に書かれた書物「葉隠」。肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、同藩士・田代陣基が筆録したものだ。ある日、カウフマン氏はX氏に対し、同書の箴言を引用し、次のようなメッセージを送信した。

〈samurai-san、武士道を持つように。俺を裏切るな。そして、俺を信用しろ〉

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 カウフマン氏は、X氏のことを「samurai-san」と呼ぶ。社内の人事を掌握し、トラブルシューターとして辣腕をふるったカウフマン氏はX氏に対し、人情に訴えかける懐柔策を取った。時には〈we are sitting in this boat together(我々は運命共同体だ)〉とテレグラムに書き込んだ。

 社長就任後のカウフマン氏にとって6月の株主総会を無事に終えることが喫緊の課題だった。その不安を打ち消そうとするかのように違法薬物の摂取量は急増していく。

 株主総会の前日である6月26日夜10時過ぎ。カウフマン氏はくたびれたTシャツに短パンという出で立ちで現れ、X氏からコカインを恭しく受け取った。

 翌27日午前10時。新宿区西新宿にある「ヒルトン東京」4階の「菊の間」の壇上に着座したカウフマン氏は、終始社長の相貌を崩さなかった。その日、数百人の株主が一堂に会し、盛況の中で散会に至った。

 危機的状況を乗り切ったカウフマン氏は、少しずつ自信を深めていく。

カウフマン氏の肉体の腐敗は臨界点に達しつつあった

 昨年7月3日、皇居外苑に臨むパレスホテル東京。カウフマン氏は多数のメディアの記者を集め、記者懇談会を開いた。15社を超えるメディアを前にして、終始上機嫌で未来への展望を口にした。だが、会の終了後に彼が真っ先に身を委ねたのが、ドラッグの誘惑だった。

 実は、記者懇談会を終えたカウフマン氏はX氏と密かに落ち合い、デポジット(保証金)の条件が記されたコンディションシートに署名し、さらなる“悪魔の契約”を締結したのだ。

 カウフマン氏の自宅には、陶器で作られたコイントレーが置かれている。

 底面に描かれているのは、ソファに座ったジーパン姿の男。彼はストローを鼻先に近付け、テーブルに並べられた粉末を吸引している。その隣に座る幼い娘がコップに口を付け、そんな父の姿を冷めた目で見ている。これは、米国のジャンキー一家の一風景を描いた「COKE DAD COIN TRAY」(コカインを吸うお父さんのコイントレー)という作品だ。

 去年秋、カウフマン氏がX氏からトレーをプレゼントされると、2人の関係はより深まっていった。

 だが、地獄の釜の蓋は、既に大きく開いていた。こうした生活によりカウフマン氏の肉体の腐敗は臨界点に達しつつあったのだ。昨年11月5日、彼はX氏に次のようなメッセージを送信している。

〈私は健康上に問題があり、2週間後にドイツに帰国し、健康診断を受けないといけない。そのため、今夜か明日に、コカインを5パケ配達してほしい〉

 薬物の過剰摂取により、既に心臓は悲鳴を上げていた。だが、今年1月中旬に日本に戻ると、ふたたびドラッグを求めた。