西野七瀬は、こんなに素晴らしい演技ができる役者だったのか。1月17日から公開の坂東龍汰主演映画『君の忘れ方』を試写で鑑賞した時、長編2作目となる34歳の作道雄監督と、若い俳優たちの清新な相互作用に心を打たれたのをよく覚えている。

 中でも、監督から長い手紙を送られてヒロイン役を受けた西野七瀬は、同じく監督からオファーされた主演の坂東龍汰が「ヒロインが西野七瀬さんならいいなと思っていたら、本当に実現して嬉しかった」と語る通り、映画の中で映像と声、まったくちがう2種類の素晴らしい演技を見せていた。

西野七瀬さん演じる柏原美紀 『君の忘れ方』公式Xより

よくある「悲恋映画」ではない?

 タイトルと予告から持っていた「この映画は邦画の定番である死別悲恋映画なのだろう」という先入観は映画の冒頭から裏切られる。西野七瀬演じるヒロイン柏原美紀は、ほとんどスクリーンの中で言葉を発さないまま序盤でこの世を去ってしまう。ではこれは、愛する人を失った遺族のグリーフケア(悲しみの治療)をテーマにした映画なのか。確かに原案となったのは一条真也による『愛する人を亡くした人へ』という書籍だが、物語はグリーフケアの共同体に触れつつ、そこにもなじみ切れない主人公の違和感を描いていく。

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 美しい映像と音楽で映画を埋め尽くし、自分の才気を証明したいという新進気鋭の若手監督によくある気負いとは正反対に、映画序盤の作道雄監督は愛する人を失った日常の耐え難い凡庸さ、生きるに値しないと思えるような醜悪な退屈さを淡々と描いていく。

『光を追いかけて』『ALIVEHOON アライブフーン』などの脚本作品で、作道雄監督のひと筋縄ではいかないストーリーテリングの才能を良く知っていた筆者でも、涙のラブストーリー、あるいは社会派といった、日本の商業映画で成功するための「型」を次々とすりぬけていくような序盤の展開に、中盤までは映画の着地点すらつかめず、試写室の客席で行き先のわからない飛行機に乗ったような不安を覚えたものだ。

 だが映画は、坂東龍汰演じる主人公が失意の中で帰った故郷の街で出会う、一人の奇妙な男をきっかけに思わぬ展開を見せる。その男には死んだ妻の姿が今も見えているというのだ。

 未見の観客に対してこの映画を説明することはとても難しい。前述したように物語のストーリーが邦画の型にはまっていないこともあるが、映画の演出、シーンとシーンの接続によって「遺族にしか見えないもうひとつの世界」を表現する映画の構造が類を見ないほど優れているからだ。

 しいて言えば、その「死者との距離」の描き方は、山田太一が原作を書き、大林宣彦監督によって映画化された不朽の名作『異人たちとの夏』を思わせるところがある。当時の主演である風間杜夫をカウンセラー役として出演させているのは、オマージュの意味もあるのだろう。だが、『君の忘れ方』の構造は死者との幽霊譚、怪異譚ともまた違うのだ。遺族にだけ見える死者は存在するのか、それとも幻影なのか。その主観・客観の在り方そのものを問いかけるように、映画は中盤以降そのテーマを深めていく。