雀荘に再就職 そしてその日暮らし

 離婚後まもなく新田さんはスーパーをやめて新しい生活を始める決意をする。不幸中の幸いは、離婚の慰謝料を請求されなかったことだ。とはいえ、別居生活を送っていた間、ずっと寂しかった妻は、自分は仕事をせずにかなりの額のお金を使っていたので、貯金もほとんどなかった。

「麻雀をしてネットカフェやスーパーの休憩室に泊まって、着替えをして……という生活に必要なお金はキープしてましたけど、残りは妻に渡してたんですよ。それを服や化粧品に全部使ってたとは、ちょっと驚きましたね」

 離婚の直後、妹に縁談が持ち上がり、「近所で兄がブラブラしているとみっともない」ということで、少し離れた土地で独り暮らしをすることになった。知らない土地に住んで、何か仕事を探さなくては、という状況になったとき、選んだのはやはり「雀荘」だった。

ADVERTISEMENT

 初めに勤めた雀荘はアットホームな雰囲気が売りのテンゴフリー(※)。卓は6卓で、一見楽なように見えたが、それがそうではなかった。「店番は3人必要なのに、社員とバイト合わせて8人しかいない店なので、人数が足りないんです。急な風邪とか、親戚の不幸とかあると、そこを埋めるのにひどいことになるんです。

 12連勤の翌日1日だけ休んで10連勤とか、昼夜ぶっ続けとか、昼夜ランダム5連勤とか、もうめっちゃくちゃ。しかも俺、なぜか、オーナーにあまり好かれてなくて、ずっと下っ端アルバイトのまま時給も上がらず、待遇がよくなかったので、面白くなくてやめました」

 現在働いている雀荘は10卓以上あり、社員とアルバイトを合わせると20人以上が働いていて、たまにオーナーも来る。

「やっぱり、人数が多いと楽ですね。人間関係も楽です。ただここでも、オーナーにあまり好かれてないんですけど……。一応、正社員にはもうすぐなれそうですよ」

 と微笑む。そのときも常にタバコを手にしている。もう何本目だろうか。

「酒とタバコはやめられないですね。でも一番やめられないのは麻雀です。金にならないのにね……。最低賃金で1日12時間労働。休日は月に6日。いくらになります?」

 電卓をたたいてみると、額面では、収入は26万円を超える。

「でもうちの店はワンゲーム400円。俺は平均1日10回打つので、ゲーム代の支出が月10万円くらいかかります。麻雀の収支が完全にプラスマイナスゼロでも、月16万円。給料は現金でもらうんですけど、その額を下回ることもありますね。冷静に考えると、嫌になるなあ」と苦笑する。

「出費は家賃が5万円、光熱費とかケータイで1万円くらい。タバコがエコー2箱で1日600円弱で月18000円、あとは酒ですね。1日に飯と酒で3000円かかるとしたら月9万円? もう足が出てますね。これじゃあ服とか買えないですよ。散髪とか、もうかなり悩んでから行きます。改めて数字にしてみるとひどいな。でも俺、やめられないんですよ、麻雀」

 しかし、今後どうするつもりなのだろうか?

「今後なんかわからないですよ。だって、今一番心配なのは『明日の朝起きられるかな』ってことですもん。次遅刻したらクビって言われちゃいました。

 でも、冗談じゃなくて真面目に正社員を目指しますよ。勤務時間が長くなるかもしれないけど、ゲーム代はバックになるし、保険もあるから、やっぱり働くなら正社員がいいかな。そして、いつか自分が店のオーナーになって、この業界を変えていけたらな~なんてね。夢かな? 妄想かな? でも、立ち番しながらそんなこと考えてると楽しいですよ。それに、俺、最近平均着順が上がってきてるんですよね。もっと麻雀強くなったら、もっと楽になるかなぁ。そしたら再婚のチャンスとかもあるかな。まず、彼女を見つけるとこからですけど。とにかくがんばりますから見ててください、また遊びに来てくださいね!」

 終電間際の駅で別れると、新田さんは大股でさっそうと去って行った。「好きでやめられないから」と麻雀を選んだ彼の前に、一筋の光が差しているように思えた。

 

※テンゴフリー……千点50円のフリー雀荘。1半荘で約3000円動く。

次の記事に続く 子供から電話で「自動車にぶつかっちゃった、ママごめんなさい」と…麻雀プロのシングルマザーが警察の前でした“決意”