「映画やテレビで取り上げられる姿から、舞妓は静かで自分からあまり話したりしない、おとなしく受け身な女性だと思われることも多いのですが、実際は、お座敷を盛り上げるためにしゃべらなあかんのです。その一方で、訳知り顔でベラベラ話すことは歓迎されず、お客さまの話を聞く姿勢も大切でした」
「電柱にも頭を下げなさい」
舞妓時代に身に付けた高いコミュニケーション能力は、お客さんとの会話よりも、先輩の芸妓たちとのやりとりから学んだという。「生きていくために大切なことは舞妓時代に全て学んだ」と話すモエさんだが、その中でも特に厳しく教えられたのが、「電柱にも頭を下げなさい」と言われるほど徹底された挨拶だ。
道端で先輩に会ったときは、足を止めてきちんと挨拶するのが基本。お座敷で一緒になった先輩やお茶屋さんには、翌日に必ず挨拶に行き、不在であれば一筆書いてポストに入れた。
稽古の時は、先輩のために扉を開け、のれんをおさえ、履きやすいように履きものをそろえ、荷物を持つ。徹底的な上下関係の中で、相手が何を求めているかを瞬時に判断する力が鍛えられた。自然と気配りができるようになると、先輩にも可愛がられ、「あの子は頑張っているからぜひ」と、先輩がお客さんにも勧めてくれるようになる。その結果、次第にお客さんも増えていく。
結婚で引退し「夫のために食事を作る」生活に
芸妓になって1年半ほどたった22歳の時、結婚をきっかけに祇園での仕事を辞めた。舞妓や芸妓は、結婚すると引退することが一般的だ。接客やお座敷で芸を披露する仕事が中心のため、家庭を持つと両立しにくいと考えられていたためだ。
6年間の祇園生活を終え、「やりきった」という充足感を抱いて新たなスタートを切ったモエさんだが、その新婚生活は、想像していたものとは大きく異なっていた。仕事で海外を飛び回る男性と結婚したモエさんの役目は「忙しい夫のために1日3食の和食を作ること」。