ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で知られる話題の文芸評論家、三宅香帆さんは「山岸凉子先生は、私にとって神様です!」と熱く語ります。

「花の24年組」と呼ばれた少女漫画界のレジェンドのひとりである山岸さんの代表作としては、バレエ漫画『アラベスク』『テレプシコーラ/舞姫』や、厩戸王子(聖徳太子)を描いた『日出処の天子』が挙げられますが、ホラー漫画家としても絶大な支持を受けています。

 なかでも“最恐”の呼び声の高い「わたしの人形は良い人形」と、「千引きの石」「化野の…」「八百比丘尼」の全4作が、『自選作品集 わたしの人形は良い人形』として文春文庫から刊行されました。1980年代に発表されたこれらの作品は、その後40年にわたって繰り返し読み返され、読み継がれてきた伝説の短篇作品です。

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『自選作品集 わたしの人形は良い人形』(山岸凉子 著)

 三宅さんが、今なお時代の最先端を走り続ける山岸ホラーの恐怖の源を読み解いていきます。

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無念が噴き出す亀裂を鎮める作家

 人間の感情を軽視すると、碌なことが起きない。

 山岸凉子先生の作品を読むたび私はそれを知る。感情、情念、欲望、思慕。人間の想いは強く濃く重く、時を超えて残る。私たちは他人の感情も自分の感情も無視してはいけない。それはとても重いものであるからだ。短編長編エッセイ問わず、山岸作品を読むたび私はそんなことを思う。それが歴史漫画であってもバレエ漫画であってもホラー漫画であっても、同じことを思うのだ。……だが私は頭が悪いので、すぐそのことを忘れてしまうのだ。感情なんて、無視すればいつか消えるものだと思ってしまう。

 だって感情は、形として目に見えない。少しくらい心にしこりの残る出来事があったとしても、忘れたらなかったことになる気がしてしまう。何せ、日々は忙しない。ひとつひとつ他人や自分の感情に気を配っていては、仕事は進まないし時代に乗り遅れてしまう。ついそう考えてしまう。