見事にスリリングな緊張感を作り出した『セプテンバー5』

 史実を元にした作品の場合、難しいのは「ネタバレ」の問題だ。たとえ映画であっても歴史的な事実は改変できないし、現代に近く有名な事件を題材にした場合は、その結末を多くの人が既に知っている。そのため、観客はあらかじめネタバレした状況で作品に臨むことになる。そうした映画を観ることは時として、そこまでのプロセスをなぞるだけの作業となり、退屈を生みかねない。

 ただ本作は、「観客があらかじめ結末を知っている」ことを利用して、見事にスリリングな緊張感を作り出している。

©2024 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

 題材は1972年のミュンヘンオリンピック。テロ組織によりイスラエルの選手団が襲撃された事件が描かれる。本作が面白いのは、それを報道するアメリカのテレビ局・ABCのクルーたちの視点を通して事件を追っている点だ。

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 ただでさえ海外からの初の衛星生中継ということで制作現場が混乱気味なところに、担当するのは報道局ではなく事件報道に不慣れなスポーツ局。もちろんスマホもインターネットもないし、頼りの通訳は一人だけ。そうした多くの制限のある状況下で、彼らは数少ない情報源の中から必死に「今なにが起きているのか」を探り、伝えようとする。何もかもが初めての経験という中で試行錯誤を繰り返し、瞬間ごとに重要な判断を下す。その様が、徹底した張り詰めた空気とともに映し出されていた。

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 そんな努力が実を結び、彼らはどこよりも先行して情報を得るようになっていく。だが、その先には巨大な落とし穴が待っていた。政府すらまだ確認できていない、事件の結末に対する特ダネが入ったのだ。それは「人質は全員解放された」というもの。

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 ここで、「観客は既に結末を知っている」という状況が効いてくる。その情報は、絶対に報道してはならない。観客はそれをわかっている。だが、登場人物たちはまだ「真実」を知らない。そのため、報道すべきかどうかの賛否がわかれ、それぞれに判断に迷う面々の姿が、「観客にしか知らされていない地雷原に近づいている」かのように映り、「わっ、そっちには絶対に行くな!」とハラハラした緊張感が止まらなくなるのだ。

 これぞ、まさにサスペンス。有名な事件を映画化しても、こうすれば観客を退屈させないという最適解を示してくれた。

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『セプテンバー5』

監督・脚本:ティム・フェールバウム 『HELL』、『プロジェクト:ユリシーズ』/出演:ジョン・マガロ『パスト ライブス/再会』、ピーター・サースガード『ニュースの天才』、レオニー・ベネシュ『ありふれた教室』、ほか/2025年2月14日公開/原題:SEPTEMBER 5/配給:東和ピクチャーズ/©2024 Paramount Pictures. All Rights Reserved./公式サイトURL:https://september5movie.jp/