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“観察する監督”想田和弘「マイケル・ムーア的なものは、もううまくいかないんじゃないか」

観察映画第8弾『ザ・ビッグハウス』はどうやって作られたか?

テーマを設定しない理由

――想田さんを入れて17人で「観察」の映像を撮影したということですが、撮るテーマを分担したりはしたんですか?

想田 映画の半分くらいは僕が撮影したものですが、学生には特にテーマを持たせていません。ただ、全員でアメフトの試合を見学しに行って、その後でそれぞれの興味関心を披露しあって、交通整理はしました。たとえばマーチングバンドを撮りたい人、スタジアムの厨房を撮りたい人、警備体制を撮りたい人、いろいろと観察ポイントが出揃ったので、それを中心に「行き当たりばったりでカメラを回し続けなさい」と、伝えました。

 

――テーマを設定しない理由って何なんですか?

想田 撮影前にテーマやストーリーを決めてしまうと、無理して落とし所を探してしまったり、何かを描こうと考えてしまって「観察」に徹することができなくなるからです。観察に集中できないと、思わぬ発見をも逃してしまうことにもなってしまいますから。

スタジアムの「ゴミ」に注目した学生のファインプレー

――映画の中では人種、格差、労働、宗教といったものから、厨房、チアリーディング、マーチバンド、ダフ屋、マスコミなど、様々な観察対象が登場します。中にはスタジアムの「ゴミ」に注目するシーンまであって印象的でした。

想田 ゴミに注目したのはジェイコブという学生です。彼のファインプレーはゴミの片付けを撮影しているうちに、片付けをしている人たちがみんなキリスト教信者であることに気づき、ゴミ清掃が終わった後に行われているスタジアム内のミサの様子まで撮ってきたところです。観察し続けているうちに「発見」があり、自分で交渉してさらに深掘ることに成功したんです。

(C)2018 Regents of the University of Michigan

――それは想田さんにとってもうれしい成果だったのではないですか。

想田 学生が成長していく様子を見ていくのは楽しかったですね。撮影は授業は2016年の9月から12月にかけて行われて、12月には60から70くらいのシーンが出揃いました。当初の「映画になるかな?」という不安は、僕が編集をする段階でだんだん消えていきましたね。

(C)2018 Regents of the University of Michigan

――他にも想田さんの期待を超えるような学生の映像はありましたか?

想田 ショーンという学生が厨房の皿洗いの様子を撮影したんですが、彼は「皿の視点で撮影したい」って、小型カメラを皿洗い機の中に入れたんですよ。

――突然画面がゴボボボボボって水の中に潜っているような場面がありました。

想田 あれは直前に授業で観た『リヴァイアサン』というドキュメンタリー映画の影響をもろに受けていると思います。ハーバード大学の文化人類学者の二人が巨大底引き網漁船に乗って撮影した“海洋ドキュメンタリー”で、あたかもそこにいるかのように体感できる映像表現とは何か、ということで学生に観せたんですが、まさかそれを「お皿」に応用するとは思わなかった(笑)。

 

――ゴミや厨房のお皿洗いなど、独特の視点が交差してビッグハウスの世界が見えてくるのが本作の特徴だと思いますが、一方で施設の「巨大さ」そのものを表現することも必須だったと思います。

想田 スケール感をどう出すか、それは大きな課題でした。ドローンを飛ばそうかなんていう議論もしたんです、実際に。でも許可が下りなくて、どうしようと思っていたら、米軍の特殊部隊がパラシュートでビッグハウスに降りてくるイベントが行われたので、その映像をもらって、「あ、これだ」と。

(C)2018 Regents of the University of Michigan

――オープニングはこの映像から始まりますよね。

想田 「アメフトの話がなんで空から始まるんだ?」という意外性も出せたかなと思っています。あと、ある学生がマスとしての観客を、ある学生は一人一人の観客を、というふうに観客そのものを対照的に観察していたところも「巨大さ」を表現する視点の一つになりましたね。