学生に反対された「幻のエンディング」
――撮影はトランプ大統領が誕生する2016年11月を挟んでいますよね。映画の中にも選挙の様子がいくつも入っていますが。
想田 トランプが大統領に選ばれた直後のゲームがあったんですけど、その時にビッグハウスのすぐ脇で、7、8人しか参加していない小さな反トランプデモがあったんですよ。僕はそれを撮っていたんですが、そこにトランプ支持者がどんどん集まってきて嫌がらせを始めた。それが強烈で、「今アメリカで起きていること、我々が陥っている状況はこれだ」ということを正確に提示できる素材場面だと感じたんです。それで当初はその場面を映画のエピローグにしていたんですが、17人の間ですごい議論になったんです。
――反対にあったんですか。
想田 そうなんです。「ビッグハウスを観察した120分が、最後の最後でトランプに乗っ取られて終わっていいのか」と。まさにそれまでの120分を忘れてしまうくらい激しい場面でしたからね。それで意見も出尽くした頃合で、投票で決めようと僕が提案したんです。結局、僕のエンディング案は幻となりました。
「よく見ること、よく聞くこと」の姿勢がレジスタンスになる
――想田さんの幻のエンディング案にもつながるかと思いますが、想田さんが考える観察映画ができる「大きなものへの抵抗」って、どんなことなんでしょうか。
想田 「よく見ること、よく聞くこと」の姿勢がレジスタンスになると思っています。安倍さんやトランプが問題解決者のように見えたり、単純に良い人に見えてしまうのは、観察を怠っているからですよ。「アメリカファースト」を掲げるトランプは移民がアメリカ社会をメチャクチャにしていると言うけれど、アメリカ経済を実質的に支えているのは移民としてアメリカに住んでいる人たちです。ちょっと立ち止まってよく見てよく聞けば分かることを、情報の洪水に流されるがままに、ろくに見聞きも考えもしないでいるから、おかしな方向に世界が傾いてしまう。だから、政治的な態度というだけでなく、生きる態度、生活態度として「観察する」ということは、現在の世の中に対する解毒剤になりうると思っています。
――レジスタンスをアクティブに打ち出してドキュメンタリー作品を発表する人もいますよね。例えばマイケル・ムーアのように。想田さんは、こういう方向のドキュメンタリーについてはどう思っていますか?
想田 僕は、マイケル・ムーア的なやり方というものは、もううまくいかないんじゃないかと思っています。だって、トランプ支持者はムーアの映画に見向きもしないだろうし、喜ぶのは反トランプの人ばかりでしょう。本来、政治的なメッセージは対抗する側に伝わって初めて効力を持つのに、現在の右と左が二極化している世界では、それができないんですよ。だから、結論ありきのメッセージを強く打ち出す「活動家的な映画」は、ますます二極化を加速させるだけなんじゃないかな。
「この映画のメッセージは?」と聞かれなくなった
――では、これからのドキュメンタリー作品はどんな方向に進んでいくだろうと考えていますか?
想田 これは海外でも日本国内でも同じなんですが、ドキュメンタリーはずっと活動家的な文脈か、ジャーナリズムの延長線にあるものとして作られてきたと思うんです。でもここ最近はその呪縛から解放されつつある。報道じゃないドキュメンタリー、クリエイティブ・ドキュメンタリーという言い方をするんですけど、それが普通になってきて、豊かになってきていますね。
――たとえばどういうドキュメンタリーのことをクリエイティブ・ドキュメンタリーというんでしょうか。
想田 ごく簡単にいうと、プロパガンダや情報を伝えるための「道具」になっていないもの。その作品自体が見応えがあり、映画として面白いものを目指しているもの。作り手の面では、ファインアートの作家がドキュメンタリーを撮り始めていたり、技術の面ではデジタル革命があって誰もがいろんな実験をできるようになっていますから、これからのドキュメンタリーは可能性が広がっていくと思いますよ。
――何かを言うためのドキュメンタリーから、もっと開いたドキュメンタリーに。
想田 そうそう。以前は「この映画のメッセージは何ですか?」と聞かれることが多かったんですけど、最近は聞かれなくなりましたね。ドキュメンタリーの世界がいろんな境界を越え始めている気もしますし、ドキュメンタリーにとって、これから非常に面白い時代が来るんじゃないかなと思っています。
INFORMATION
『ザ・ビッグハウス』
2018年6月9日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー、ほか全国順次公開
■公式HP
http://www.thebighouse-movie.com/
そうだ・かずひろ/1970年栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒。監督作品に『選挙』(07)、『精神』(08)、『Peace』(10)、『演劇1』(12)、『演劇2』(12)、『選挙2』(13)、『牡蠣工場』(15)、『港町』(18)があり、国際映画祭などでの受賞多数。本作『ザ・ビッグハウス』制作の舞台裏を記録した単行本『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』(岩波書店)が発売中。
写真=佐藤亘/文藝春秋