スパイやテロリストの行動を追尾し、不正な情報漏出や破壊活動を防ぐ「外事警察」と呼ばれる警察部門が存在する。中でも、警視庁の公安部外部課はドラマ『VIVANT』(TBS系、2023年7月~9月放映)に登場したことでも注目を集めた。

  ここでは、警視庁公安部外事課のOBであり、『VIVANT』の公安監修者を務めた勝丸円覚氏が「カウンターインテリジェンス」の世界について明かした『公安外事警察の正体』(中央公論新社)より一部を抜粋。スパイの手法「背乗り」が用いられた、過去の2つの事件とは——。(全4回の1回目/続きを読む)

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同情を装って

 ロシア・スパイの接近術が巧妙に発揮されたのが、2000年に摘発されたボガチョンコフ事件だ。GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)機関員とみられる在日ロシア大使館付海軍武官ボガチョンコフ大佐が、日ロ防衛交流によって知り合った海上自衛官から自衛隊内の秘密文書を入手していた事件で、文書を渡していた自衛官Hは自衛隊法違反(秘密漏洩罪)で検挙された。

 Hには息子がいたが、気の毒なことに、白血病を患っていた。おそらくボガチョンコフはこのことを途中で知ったに違いない。見舞金として現金を渡すなどHの息子に関することも含めて取り込んでいった。

 また、Hは息子を助けたい一心で、新興宗教に入信していたのだが、ボガチョンコフは、Hが祈りに行くときに同行し、息子のために一緒に祈るほどだったそうだ。死に至る病に冒された息子のために、一緒に祈ってくれる人に、心が動かない人がどれくらいいるだろうか。さらに、亡くなったときには香典を渡し、一緒に涙を流したという。

 こうした接近術により、Hは、ボガチョンコフと一緒に過ごす時は安らぎを感じたのだろう。Hは、ボガチョンコフから現金等を受け取り、その見返りとして自衛隊内の秘密文書や内部資料を渡してしまった。結局は受け渡しの現場を警察に押さえられ、Hは逮捕される一方、ボガチョンコフは外交官の身分を持っていたため、逮捕を逃れて出国してしまった。