とりわけ親密になったのが、通信隊のバーロー兵曹、そして保険会社のヘンダーソンだった。バーローからは、第七艦隊の動きや、当時最新鋭の原子力潜水艦「ノーチラス」の構造、装備などを聞き出していた。
艦隊の動きや、最新鋭の潜水艦の情報を兵士から聞き出すのはわかるが、なぜ保険会社社員のヘンダーソンと親密になったのか。実は、彼からは米軍艦船の修理予定表を入手していたのである。
ヘンダーソンは、横須賀基地に勤務する米軍人や第七艦隊の乗務員を上得意にしており、基地内の艦船修理部にはフリーパスで入ることができた。彼は、基地に入って艦船の修理予定表を盗写して「中川」に渡していたのである。艦船修理予定表には、各艦の行動予定海域、修理予定の艦名、修理箇所が書かれていたらしい。
商魂たくましき中国人…というオチ
ちなみに、この劉のスパイ活動は、意外なところで綻びを見せ、終わりを迎える。彼女は、入手した情報をある米兵相手のクリーニング店に送っていた。このクリーニング店の男も中国のスパイだったのだが、アメリカ海軍情報部が、ある不審な動きに気が付いた。
横須賀に米軍艦船が入港すると、市内のクリーニング店は多忙を極める。当時はまだ軍艦のなかに洗濯機などない時代である。店は、臨時雇いを入れなければならないほど忙しくなるのだが、あるクリーニング店だけは、まるで艦船の入港予定がわかっているかのように、臨時雇いを準備していた。そう、劉が情報を送っていたクリーニング店は、彼女のもたらしたスパイ情報を、なんと商売に使っていたのである。
ここから、アメリカ海軍情報部は劉とクリーニング業者の関係を突き止め、神奈川県警に通報した。1955年7月、刑事特別法により、劉らは一斉に逮捕された。
なんとも商魂たくましい中国人らしいオチのつきようだが、背乗りはこのように、ロシア・スパイの専売特許ではない。中国人スパイの活動がさかんな現代において、いまだ彼らがこの手法を使っていないという保証もないのである。
