「今度から、Tバック穿いてくれる?」
ココア味のプロテインパウダーと常温の水をシェイカーで混ぜながら、英治が言った。
「じゃないと、葉ちゃんのお尻の形がチェック出来ないから」
(以降、灰色の囲み部分は『マイ・ディア・キッチン』より抜粋)
夫の英治から体型やファッション、財布、交友関係など、あらゆるものを管理されている34歳の葉(よう)。小説『マイ・ディア・キッチン』は、そんな彼女がモラハラ夫から逃れ、料理の腕で自立の道を切り拓こうと奮闘する物語だ。
著者の大木亜希子さんは15歳で芸能界入りし、20歳の時に国民的アイドルグループに加入。その後、25歳で会社員、30歳で小説家となった波乱万丈の異色のキャリアの持ち主でもある。「地獄のデスロードを歩んできた」大木さんに、『マイ・ディア・キッチン』を紐解きながら、女性の自立を阻むものの正体について聞いた。
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飲み会ではコンパニオン扱い
――今、フジテレビ問題が報道されています。同じ業界で働いた経験のある大木さんは、ニュースをどのように受け止めましたか。
大木亜希子さん(以降、大木) 今回の問題の真偽はわかりませんが、実際に“献上”のような辛い経験をした女性がたくさんいて、そういう方々の怒りがSNSなどで可視化されました。社会全体の問題として、根深さを感じます。
――女性を使って自分のキャリア等の便宜をはかる“上納”について、見聞きしたことはありますか。
大木 今、報じられている内容とは全く異なりますが、「不快だな」と思う状況に遭遇したことはあります。アイドルを卒業して会社員になったばかりの25歳の時、芸能界にいた頃に知り合ったメディア関係の女性Aさんから、「今日、六本木の◯◯で食事しませんか?」と誘われました。久しぶりにAさんにお会いしたかったので、「Aさんに会えたら嬉しいな」という純粋な気持ちで指定された◯◯というレストランに行ったんです。
けれど、Aさんは現地におらず、一度も会ったことのない、某マスコミ関係の仕事に就く見知らぬ男性社員が4人いました。そのままなぜか私がお酌をすることになり、コンパニオン的に扱われて。
――恐ろしいです。その後はどうなったのでしょうか。
大木 その場にいた男性にAさんのことを聞いても、「え?」みたいな反応で。「Aが『今夜は私が女の子を呼ぶ』と言ってたから、君はそのために来てくれたんじゃないの?」と、不思議そうに言われました。慌ててAさんに連絡すると、「大木さんは、今は芸能のお仕事を辞められて、記者のお仕事をされてるんですよね? 彼らを紹介したら、今の大木さんにとってメリットになるかなと思って。繋がっておくと良さそうな権力のある男性を、紹介してあげたんですよ」と、悪びれることもなく返ってきて。
そのことが本当にショックで、職業人としての自分のプライドや誇りみたいなものを邪険に扱われた気がしました。
当時のことを怒っているとか、告発をしたいわけでもないんです。ただ、呼吸するように経験してきたこれらの無念とか哀しさを、葉というキャラクターの経験に集約したい、と思いました。もちろん、そういった理不尽な環境から立ち上がって、彼女が人生を再生していくところまでがセットです。