そんな中、松本清張は「婦人公論」8月号臨時増刊に「『スチュワーデス殺し』論」を発表。ドン・ボスコ社が戦後、統制物資の横流しなどで莫大な資金を得たなどとし、ベルメルシュ神父か、その背後にいる「第三の男」が被害者をそうした犯罪に利用しようとして、拒絶されたために殺したという推理を展開した。

現在までもつながる「事件の謎」

 ちょうどそのころ、同年8月16日付朝日朝刊は社会面ベタ(1段見出し)でロンドン発のロイター電を載せた。

 BOACで解雇

 

 英国海外航空会社(BOAC)は15日、極東空路での密輸事件の捜査の結果、これまでに2人の操縦士と40人の乗務員が解雇されたと発表した。密輸事件の調査は現在も毎日、ロンドンのBOAC本社で続けられているが、密輸されたのは金、ダイヤモンド、ヒスイなどといわれる。

 15日のデーリーテレグラフ紙は、過去数年間にわたってこの密輸網が存在しており、BOACのある社員が「事件には約100人が関係している」と語ったと報じている。

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「週刊東京」4月4日号の記述と符合するし、松本清張の推理をも裏打ちするような内容。清張はその推理を小説『黒い福音』として、この年に創刊された「コウロン(週刊公論)」に連載して話題を呼んだ。その後、アメリカ中央情報局(CIA)の謀略が絡んでいるのではないかとする説まで現れた。現在までもつながる「事件の謎」はこうして出来上がった。

事件をモデルにした松本清張の小説『黒い福音』(新潮文庫)

 1959年10月には、事件をモデルに大映が製作した映画『白か黒か』が公開されたが、10月15日付読売夕刊社会面コラム「話の港」は、「神父が映画で不当な非難を受けていることに抗議する」というベルギーからの手紙8通が読売に届いたことを取り上げた。

 映画の脚本・監督の猪俣勝人は、映画化に対して「カトリック信徒」を名乗る未知の人物から恐喝と呪詛の手紙が30通来たこと、信徒である外務省情報部長から当時の永田雅一・大映社長に届いた手紙で映画の海外輸出を断念したことに加えて、「封切間もなく、突如一方的に配給が打ち切られてしまった」と『日本映画名作全史戦後編』(1974年)で明かしている。

事件をモデルにした映画も製作された(読売)

 その後のベルメルシュ神父については、翌1960年1月19日、「近くオーストラリア・メルボルンのミッションに赴任する」との記事がブリュッセル発UPI=共同電で配信されている。「教会から破門されるのでは?」という一部週刊誌の憶測は外れた。