「死」というゴールを前提としながらも、限られた余命のなかでふたりの女性が友情を深めていく『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』においても、そうしたアルモドバルの哲学は通底している。アルモドバルの作品においては、登場人物の死、もしくは死に向かいゆく身体が多く描かれながらも、その死はけっしてたんなる悲劇に終始しない。アルモドバル作品における死は、その多くが生の輝きを逆照射するものとして現れる。いわばアルモドバル作品では、生が死に従属するのではなく、死が生へと従属するのだ。
「生」を際立たせるアルモドバルの「色彩の美学」
そうした哲学を際立たせる細部としては、色彩のプレゼンスも大きい。ペドロ・アルモドバルが「色彩の美学」を重視する映画作家であることはつとに知られているが、本作における色彩もまた、鮮やかな印象を残す。中盤でふたりが見る赤みがかった雪はとりわけ心に残るが(なお、本作では雪が降るシーンは都合3回登場し、それぞれに異なった光を放つ)、ふたりが散策する森の中の緑や、イングリッドがかつての恋人(一時期はマーサの恋人でもあった)ダミアンと訪れる湖畔のレストランにおける、湖の青さなどもまた鮮やかだ。
また、色彩の美しさは、そうした自然に由来するもののみにはとどまらない。マーサの家から見える街の稜線や、ふたりが訪れる書店の陳列棚、またふたりが最後の時間を過ごす家の中のインテリアなども、それぞれにフォトジェニックな印象を残す。
加えて、ふたりのファッションについても言及しないわけにはいかない。ふたりが身に着ける服はそれぞれ幅の広さはあるものの、イングリッドが赤い服を着る際には、マーサを緑の服を身に着け、またマーサがオレンジの服を着る際には、イングリッドは青の服を身に着けるなど、彼女たちが会話をするシーンではそのコントラストはつねに鮮やかで、短めの金髪であるマーサと、長めの茶髪であるイングリッドというヘアスタイルもまた、そうしたコントラストに奏功している。
また時折イングリッドがつけるサングラスなどもふくめ、彼女たちが身に着ける服は、(病室におけるマーサの部屋着などを別にすれば)いずれもそのセンスには高さが見受けられる。ふたりのファッションは、コントラストを鮮やかに提示すると同時に、彼女たちがこれまで歩んできた中で得た価値観や、人生の軌跡を象徴するものにもなりえているだろう。