『PARIS The Memoir』(パリス・ヒルトン 著/村井理子 訳)太田出版

 私が20歳前後の頃、ハリウッドのゴシップ雑誌の日本版が、書店はもちろんコンビニにも置いてあった。海の向こうの若手スターが酔っ払って騒いだり、恋人とくっついたり離れたりする、私たちとそう変わらない日常が、現地から数週間遅れで輸入されていた。紙が僅差でSNS文化に勝っていた、最後の景色だと思う。

 パンフレットくらい薄い雑誌の中で、異彩を放っていたのがパリス・ヒルトンである。他のスターがどんなにバカ騒ぎをしても、スクリーンでは真剣な面を見せるのに対して、パリスの本業はあくまでパリスだったからだ。私は彼女がサマンサタバサのイメージモデルだった時はバッグを買い、あまり語られない映画である「プリティ・ライフ~パリス・ヒルトンの学園天国」も観ている。

 パリスの初めての自伝はヒルトン家の家系図から始まる。アメリカ史であり、IT史であり、まだ誰も光を当てていない側面からのフェミニズムの書でもある。

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 セックステープが流出してからというもの、パリスは「お騒がせセレブ」の代名詞と言われていた。今の倫理観だとリベンジポルノであり、性犯罪だが、あの頃は、女性スターが公開を望んでいない姿が当たり前にグラビアを飾り、嘲笑の対象だったのだ。#MeToo以前のハリウッドで女性セレブが負わされてきたスティグマとそれによって利益を得てきたメディアの罪が本書では詳らかにされていく。

 2000年代は社会の理解が追いついていなかったADHD当事者としての苦しみ、両親に送りこまれた悪質な収容施設での悲惨な体験も描かれ、支援する側に回るまでの足跡や優秀な起業家としての一面も描かれている。その一方で、サマンサタバサにもコメディ映画にも触れられている。あの頃同様、パリスはどんな自分も恥じていない。

 パリスの同性との交友関係はあの頃、ゴシップ紙を騒がせてきた。有名な女の子同士の蜜月と別れ、ちょっとした諍いは、非常に醜いこととしてセンセーショナルに報道されていた。消費する側だった私もどこかで傷ついていた。だって、自分もそう変わらなかったのだから。パリスは当時をこう振り返る。

「多くのクールな人たちが私の人生に現れては、去っていった。なぜなら、友情には“旬”があるから。それでいい」

 パーティーを続けてきた人にしか持ち得ない、光に照らされたサラサラの砂のような温かさがそこにある。

 パリス曰く、パリスが流行らせた自撮り文化によって、パパラッチの狂乱は消えたという。女性に恥を負わせることで利益を得る社会に抗い、先回りして主体的な発信をすることで、パリスは自分を守り、ある意味で旧社会を終わらせてきた功労者だ。彼女を知らない次世代にも是非、読まれてほしいと思っている。

Paris Hilton/世界で最も知名度の高いインフルエンサー。起業家、テック・パイオニア、DJ、レコーディング・アーティスト、慈善家として、数十億ドル規模の世界帝国を築く。
 

ゆずきあさこ/1981年東京都生まれ。『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞受賞。著書に『あいにくあんたのためじゃない』等。