妹に説得され、家族に被害を打ち明けた君枝さんは、その足で警察に被害を申告。妹や警察の話からも、その付近でニット帽の男による痴漢被害が多発していることを知らされた。
「お風呂に入ってしまったんですか。だけど、犯人の残留精液が膣内に残っているかもしれません」
君枝さんは病院で脱脂綿を膣内に挿入され、オリモノすべてを採取されるという屈辱的な診療を受けた。警察の捜査で、現場に残っていた廃材から、犯人の精液らしきものが検出された。これが君枝さんの膣内に残されていた精子のDNAと一致した。管轄署は強姦事件とみて捜査を開始した。
逮捕した男にはアリバイが…
その2週間後、警戒中のバス停付近で、降りてくる女子高生を付け回すなど、不審な行動をしている男を捜査員が発見し、声をかけた。
「すみません、ちょっとお話を聞かせてもらえますか?」
「何の用だよ。これは任意だろ、それなら断る!」
男はプイッと横を向いて、帰って行ったが、捜査員は尾行。自宅を突き止め、その途中でタバコの吸殻を投げ捨てたのを見逃さなかった。
吸殻から検出された唾液のDNA鑑定は、君枝さんの膣内から検出された精液のDNAと一致した。
翌朝一番で男の逮捕状を取り、強姦容疑で逮捕した。これで事件は解決したかに見えた。
ところが、男には完璧なアリバイがあったのだ。男は近所の学習塾に勤める藤川康夫(24)だった。
犯行があった時間帯には学習塾にいて、そのときの服装も君枝さんを襲った犯人とはまるで違っていた。
それは複数の教職員や子供たちが確認していた。現場から塾まで直線距離で1キロ近く。多くの信号を隔てた幹線道路沿いにあり、夜間の交通事情を考えれば、移動するだけでも10分近くかかりそうな場所だった。
「オレはやっていない。その日は塾で授業をしていた。精液が一致したなんて、捜査機関のデッチあげだ!」
君枝さんによる面通しが行われたが、「よく似ているが、自信がない…」という答えだった。
「お前がやったに決まっているだろう。どうやってやったんだ。素直に吐け。今日は帰れんぞ!」
「やってない。弁護士を呼んでくれ。それまでオレは一切しゃべらないぞ!」
藤川は否認を続け、弁護士に「タバコの火を押し付けられるなど、暴力で犯行を認めるよう迫られている」と訴えた。あげくに「捜査機関が自分の交際相手宅のゴミ捨て場から精液が付着したティッシュを押収して、捜査記録とすり替えた」という主張まで繰り広げた。
それにしても不思議なのはまるで瞬間移動したかのような犯行時刻の壁である。もし可能だとしたら、ドッペルゲンガー(自分にそっくりな姿をした分身)が別々に行動したのだろうか。
