山下の役柄との格差

『青春アミーゴ』では「俺達はいつでも2人で1つだった」と繰り返す亀梨と山下だが、ドラマ本編の修二と彰は、なかなか仲良しコンビにはならない。むしろ、修二と彰には大きな格差がある。

山下智久 ©時事通信社

 ドラマ版のオリジナルキャラクターとして登場する彰は、修二とは対照的に、ありのままの自分で学園生活を送っている。そんな彰は、他人からの視線をまったく気にせず、クラス内の評価も“ただの変なヤツ”で、クラス内カーストはかなり下の方だ。そのため、修二はプロデュース以外の学園生活において、彰や信子とは接触しない。

当時19歳の亀梨が表現した“孤独”

 しかし、順風満帆だった修二の学園生活は、やがて逃げようのない闇に侵食されていく。ドラマの後半では、せっかく築き上げた人気者のポジションが、ある出来事を境にガラガラと崩れてしまうのだが、それ以上に深刻なのは、修二自身の中に芽生えた虚しさだ。

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亀梨和也〔2015年撮影〕 ©文藝春秋

 文化祭のエピソードが描かれた第3話では、クラスメイトが誰も準備を手伝わない中、彰と信子が立派なお化け屋敷を作り上げたことに修二はショックを受ける。その理由は、信子たちが評価されることへの嫉妬や承認欲求ではない。ただ、「何もない自分がものすごく不安だった」のだ。楽しい学園生活の中で、心が乖離した修二の孤独はどんどん加速していく。

「先生は取り返しのつかない場所に行ったことありますか?」

「うん、あるわね」

「一人で戻ってきたんですか?」

「ううん、友達だね」

「そうですか」

「友達が連れ戻してくれた」

 これは、とある生徒と夏木マリ演じる教頭・キャサリンとのやりとりだが、修二の物語を象徴するようなシーンだ。つまり『野ブタ。』は、社会を生き抜くために道化を演じていた修二が、彰や信子との関わりを通じて、自分の本質を取り戻す物語でもあるのだ。

 当時19歳だった亀梨は、繊細で複雑な桐谷修二という役柄を見事に演じ切った。アイドルとしての輝かしい一面があるからこそ、人気者の修二が抱える孤独がより一層際立ち、苦労した背景があるからこそ、等身大な修二の姿がより切実に映ったのだろう。

2025年3月31日をもって解散することを発表したKAT-TUN(事務所HPより)

KAT-TUNの解散に感じる「ひとつの時代の終わり」

 旧ジャニーズ事務所には、『花より男子』(TBS系)や亀梨も出演した『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系)など、先輩から後輩へと継承されていった作品があるが、『野ブタ。』に関しては、あの時代、あのキャスト、あのスタッフだからこそ実現できた一作だと思う。

 あの頃と比べると、STARTO ENTERTAINMENTからも多くのタレントが独立し、契約条件も多様化している。たとえ事務所を辞めたとしても、テレビや映画などでその姿を一切見なくなる……という事態にはならないだろう。現に日本テレビの『Going!Sports&News』は、亀梨のレギュラー継続を発表した。しかし、平成を駆け抜けたKAT-TUNの解散は、ひとつの時代が終わるような気がしてならない。

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