グラントの考える、映画に重要なもの
英国娯楽映画のヒットメイカー、「ワーキング・タイトル・フィルムズ」の看板スターとして、『ノッティングヒルの恋人』(99年)や『ラブ・アクチュアリー』(03年)などに出演してきた。いずれも大ヒットしロマ・コメの世界的スターとなった彼だが、今回A24作品に出演することをどう考えたのだろうか。
「映画というのはバランスが重要ではないでしょうか。全く娯楽性がない作品の演技は面白くないし、独りよがりで自己満足的になります。逆に、面白い演技で映画を大ヒットさせて儲けてやるぞ、ということが目的であれば、あまり刺激的な演技はできないですよね。だからこそA24のような会社が、貴重なのだと思います。オリジナルで、型破りで、融通性を持ちかつ奇妙であることで、映画界に新しい波紋を広げている。それは素晴らしいことだと思います」
映画よりも舞台のほうが得意
モルモン教の若い二人の宣教師を相手に、ミスター・リードはすべての宗教は一つに集約される、という理論をボード・ゲームやロック・ミュージックに関連させて延々と説く。大学の講義のような長い台詞を、彼は楽しんでいるように映ったのだが……。
「確かにそうですね。僕は、常に映画より舞台のほうがくつろいだ気分を感じています。舞台はシーンに一貫性があります。ステージのこちら側でひとつの演技をし、その後あちら側で演じるというような、その方が好きなんです。映画は、多くのシーンを撮影し後に編集し一つの作品が完成します。役者にとっては全体が見えない分どうしても断片的に感じられ、僕はそれがあまり得意ではないのです。
今回は12ページ分の長い台詞を一気に自分のものにできました。また、カメラがとても流動的で舞台の演技のように楽しく、上手くやれたなと感じました」
近年は心に闇を抱えた役や汚れ役を好んで演じているようだが。
「人間は辛いことや苦しみを経験すると、自己をねじ曲げ屈折して変化してしまいます。そうした人物を演じる時が俳優として楽しいと感じます。心に闇を抱えた役を演じるのが一番望むことなんです。何重にも重なっている心の層を少しずつはがしていく。そうすることで深奥にあるその人の核を取り出すというのでしょうか」

