5年半の努力が、最高の形で実った。
ティモシー・シャラメがボブ・ディランの伝記映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』の主演を獲得したのは、2019年のこと。だが、まもなくパンデミックが起き、落ち着いたと思うと今度はハリウッドで脚本家と俳優のダブルストライキが勃発。企画が潰れるのではないかと思われる状態になっても、シャラメは信じ続けた。
「途中、運命を疑いたくなることもあった。だけど、今になっては、ユニバースにはきっと不思議な力が働くものなのだと思う。この映画には、これだけ時間をかける必要があったんだ。そんな作品を今ようやくみなさんにお見せできることに、肩の荷が下りたような気分でいる」
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別の映画のロケ地にいる時も、ギターの練習やリサーチは欠かさなかった。ジェームズ・マンゴールド監督は「持って生まれた歌唱力があるのはわかっていたが、信じられない努力をし、ここまでミュージシャンになりきってくれるとは思っていなかった」とシャラメに感心し、感謝する。
映画が見せるのは、19歳のディランがギターを抱えてニューヨークに移住してからの数年間。タイトル通り、名もなき者だった青年は、その並外れた才能で周囲を魅了し、スターになっていく。
「60年代初めのディランについての資料は、ラジオの音声がいくつかあるだけだったけど、伝記本やドキュメンタリー映画もあったし、何より、彼が書いた歌がある。だから、リサーチはきりがなかったよ。それらをむさぼり、できるかぎり吸収したら、自分は正しい方を向いていると感じられるようになった。アーティストというのは奇妙な職業だよね。役者は、居心地の良い範囲にとどまっていてはいけない。その外に向けて自分をプッシュしないと。なぜもっと普通の仕事を選ばないのかと自分でも思う(笑)」
ミュージカル映画では、普通、音楽は別にスタジオでレコーディングするもの。この映画も同様のプロセスを取っていたが、ある時期、シャラメは、カメラが回る中、ライブで歌いたいと主張し始めた。専門スタッフは口を揃えて反対するも、マンゴールド監督は「やってみよう」とシャラメを支持。その結果、カーネギーホール、病室、カフェ、野外音楽祭の会場など、違った場所で、ライブ演奏をすることに。
「そのほうがリアルだと思ったからさ。そのほうが、音楽が生きる。ディランが歌うのは、フォーク。オペラのように完璧を求めるものではない。時には声がかすれたりするんだよ。音楽専門のスタッフを、僕は尊敬しているし、彼らがスタジオでレコーディングするべきだというのもわかった。でも、僕は引かなかった。映画が完成し、良い評判を得られた今だからこんなふうに話せるけれど、当時は毎日が戦いだったよ」
脚本になかった曲も、シャラメの提案で入れられた。
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
「この役を受けた時、僕は今のようなディラン信者ではなかった。でも、そのうち、仕事という枠を越え、僕は60年代の世界を生きるようになっていったんだ。撮影が始まってからも、自分が見つけた映像や手紙などから得たディテールを足していったりしたよ。ジェームズ(・マンゴールド監督)が作ろうとしたのは、寓話。伝説の人物が何十年も前に体験したことを、僕らなりに解釈したのさ」
この映画で描かれるより後のディランの人生も、興味深い。「どの部分を切り取ったとしても、すばらしい映画になるはず」というシャラメは、もし彼のその後に焦点を当てる企画が出たとしたらと聞かれると、目を輝かせた。
「それは役者としてすばらしい機会になるだろうね。きっと面白いと思うな」
Timothée Chalamet/1995年ニューヨーク生まれ。父はフランス人、母はアメリカ人で英仏のバイリンガル。『君の名前で僕を呼んで』『名もなき者~』でアカデミー賞主演男優賞に候補入り。他の作品に『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』など。
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映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
2月28日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
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