『月とアマリリス』(町田そのこ 著)小学館

 本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』などで知られる町田そのこが、はじめてサスペンス小説を発表した。『月とアマリリス』は、山中に遺体が埋められるシーンから始まり、その壮絶な背景を浮かび上がらせていく長篇だ。

 東京の大手出版社の週刊誌記者だった飯塚みちるは、ある仕事で挫折し、北九州市の実家に戻り今はタウン誌のライターを務めている。そんな彼女の元に元担当編集かつ元恋人から連絡がくる。北九州市内の山中で見つかった遺体のポケットから、『ありがとう、ごめんね。みちる』というメモが見つかったという。事件について記事を書かないかという彼の誘いを一度は断ったものの、みちるはほどなく取材を決意する。

 遺体は身元不明の女性で、年齢は60代~80代、白髪で背骨が大きく曲がっていた。遺体には花束が添えられており、葬儀費用が払えない貧困家庭がこっそり埋葬した可能性もある。ポケットにあったメモが地元和菓子店の包装紙だったことから、みちるは店の付近で聞き込みを開始。そんな彼女を手伝うのは、実家の近所に住むタクシー運転手、井口だ。地道な聞き込み調査からようやく老女の身元をつきとめ自宅アパートに向った2人が見つけたのは、若い女性の腐乱死体だった――。

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 贖罪と再生の物語でもある。みちるが記者を辞めたのは、自分の記事により人を傷つけ、自責の念により原稿が書けなくなったからだ。今の彼女を突き動かすのは、今度こそ正しい仕事がしたいという思い。また、彼女を手伝う井口には、過去に幼かったみちるを傷つけた後悔がある。また、井口はある秘密を抱えている。

 遺体の老女はスミといい、長年1人で暮らしていた。その住居に若い女性の死体があったのはなぜか。メモにあった「みちる」とは誰なのか。みちると井口は少しずつ、意外な、恐ろしい真実に近づいていく。

 さまざまな親子の葛藤も浮かび上がる。みちるの母親は、女性は家庭に収まるべきという考えの持ち主で、娘の記者の仕事に猛反対。井口も認知症を患う母親との間に葛藤がある。中盤でメモに書かれた「みちる」の正体も判明するが、その親子関係も厳しいものがある。もっとも身近な存在から認められないことによる苦しさや認知の歪みを、町田は容赦なく描き出す。

 みちるの過去や、事件関係者の人生模様からは、被害者と加害者に明確な線引きがあるわけでなく、誰もがどちらの立場にもなりうるという、人間社会の様相が見えてくる。

 一度は過ちを犯した人間が、身近な人の支えによって自分を取り戻していく姿も描かれる。事件の全貌が明らかになった後のみちるたちの行動や決断からは、人によって壊された人生も、人によって再生されていくのだという、著者の思いが伝わってくる。

まちだそのこ/1980年、福岡県生まれ。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞。著書に『ぎょらん』『うつくしが丘の不幸の家』『星を掬う』『宙ごはん』『夜明けのはざま』『わたしの知る花』『ドヴォルザークに染まるころ』、「コンビニ兄弟」シリーズなどがある。
 

たきいあさよ/1970年生まれ。編著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』。